第22話 折座の記憶



……見える……。


 俺の頭の中に誰かがいる。


 俺は嵐蔵だ。


 そして折座おるざだ。


 折座の追憶が脳裏に映し出される。


 見える……。折座の思考が。記憶が……!




「折座、何度言ったら分かるのだ? せめて皆の前だけでも慎みなさい。我の事は『俺』ではなく『私』と呼ぶように」


 酋長である父は厳格だ。しかも呪術に長けているからなるべくなら怒らせたくない。

「はい、父上」

 こうやって素直に従っておくのが得策だ。

 自分の事を『私』と言うのがくすぐったく気恥ずかしいものだから、ついつい気心の知れた相手と話す時は『俺』を使ってしまう。

 この時は背後に忍び寄った父の気配に気づく事ができず話を聞かれてしまった。話の相手は常識外れの大きさを誇る金色のオニヤンマだ。


「折座。これだけは覚えておけ。冬至が教えてくれる。時が迫った時はを見逃さず直感に従え」

 父はそれだけを言うと祈祷所の中へと姿を消していった。

「相変わらずだな……」

 最近の父は前にも増して言葉を最小限にしか発しない。特に大事な事を教える時には、まるでなぞなぞでもしているのかというような、暗号的な言い方をする事が多くなってきた。それでも父のそんな様子をあまり気に留めていなかった。


 翌日の事だった。

 大騒ぎしている皆の声で目が覚めた。

「どうした!?」

 長老に声をかける。

「酋長が昨日から祈祷所に入ったまま出てこられないのです。ご祈祷に入られたのだと思い一晩ご様子を見ていたのですが、今朝お呼びしてもお返事がなかったので不審に思い、失礼ながら扉を開けさせて頂きました。するとろうそくには炎が灯り、ご祈祷の準備をされたまま、お姿だけがないのです」

 即座に昨日の父の様子を思い出した。

「何かを予見していたのだ……」

 そう呟くと、長老は言った。

「折座さま……。ついに時が訪れたのです」

「何を知っている!?」

 長老は哀しい目をして、額に深く刻まれたしわを僅かに震わせた。

「半世紀ほど前、あなた様がお生まれになる前の時代に、お父上は神業ともいえる偉業を成し遂げ、民の命を救われたのです。その時お父上は……」

 続きを話そうとした長老は突然押し黙った。

「長老!?」

 長老は目を見開き、何かを凝視したまま、風のように姿を消した。

「長老!! 長老!!」

 何度叫んでも、消えたろうそくの煙だけが、ただ虚しく宙を舞うだけだった。

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