第198話 ヤスメ副長
隣に座るモモカンが目の前にいるヘンテコな鎧に身を包んだ男を、冒険者ギルドに登録しているケイタだと断定した。
それを聞いたヤスメ副長は、口の端を少し持ち上げほくそ笑む。
これならば上手くいくだろうと。
ヤスメ副長がわざわざジャガ男爵に直訴し、自らがゴーレム使いの元へ向かう許可を得たのには理由があった。ギルドの仕事に穴を開け、経費を使い込み、馬車で6日も掛けて遠い地へとやって来た理由が。
本来冒険者ギルドとは、国家権力には与しない独立した組織なのだが、マシュハド支部は、ギルド長であるナベージュが街の代官であるジャガ男爵の手下の様に働いているので、ズブズブな関係になってしまっていた。
冒険者ギルドで秘密にしなければならない様な情報でも筒抜けになってしまっているし、正当性がないような依頼でもジャガ男爵絡みなら無条件で受けてしまっているのが現状だ。
ヤスメ副長の上に立つナベージュギルド長は、ふんぞり返っているだけでギルドの仕事は全くと言っていい程何もしてない。たまに動く事があってもそれはジャガ男爵からの案件だったり、冒険者達に支払う報酬をちょろまかす為だったりと、全くもって碌なもんでは無かった。
それらは、ギルドの仕事を取り仕切っているヤスメ副長から見れば一目瞭然な事であり、気に入らない事でもあった。
ナベージュギルド長に尻尾を振り、おこぼれに与ろうとしている者も一部いるが、大多数のギルド職員はギルドの理念に基づきしっかりと仕事をしているので、それらの不平不満はヤスメ副長の元へと上がってくるという背景もあるのだが、冒険者からギルド職員となったヤスメ副長からすれば、そういった不正は冒険者をないがしろにするものなので、とても許容出来るものではなかった。
隙があれば噛み付き、その座から引きずり下ろしてやろうと考えるまでには大した時間はかからず、それは高い所から低い所へと水が流れる様に自然な事だった。
ギルド内を纏め、功績をあげ、発言力を高め、いつでもナベージュギルド長を追い出せるように準備だけはしていたのだが、ジャガ男爵に推されギルド長の座についているナベージュを追い出すには今一歩、決定打に欠けており、何かないかと粗を探している時に訪れたのが、今回のゴーレム使いの案件だった。
100体ものゴーレムを操るらしいゴーレム使い。それは、奴隷100人にも相当する莫大な労働力になり、大きな契約となるだろう。
ここで、冒険者ギルドとして一枚噛んで、しっかりと利益を上げる事が出来れば、ナベージュギルド長を追い出す絶好の機会と成り得るはずだ。
ゴーレム使いが冒険者ではないかという話があったので、念の為に連れて来た「一度見た顔を忘れない」という特技を持つモモカンが早速役目を果たしてくれたようで、ゴーレム使いが冒険者ギルドに所属している冒険者だと知れた事は大きい。
冒険者ギルドと冒険者は依頼を出す側と出される側としての関係性があり、冒険者はギルドに忖度しなければ美味しい依頼を受けづらくなってしまうという現実があるのだから。
「それで、どのような話でしょうか?」
ヤスメ副長が考え事をしていると、対面に座る鎧男こと冒険者ケイタが口火を切って来た。
鎧の面を上げ、素顔が見えるが、黒髪以外特徴が無い平凡な男に見える。
「ええ・・・それでは改めまして、冒険者ギルドマシュハド支部ギルド副長を務めますヤスメと申します。先程も申しましたように、ジャガ男爵様が雇いたいと仰せなのです。冒険者ギルドからの依頼として、ゴーレムを使い、マシュハドの鉱山で働いて欲しいのです」
「なるほど・・・」
ヤスメ副長が今一度、自己紹介をし用件を話すと、冒険者ケイタは考えるように腕を組み、後ろに控えている獣人と何やら頷きあってから再び口を開いた。
「お断りします」
「「「はっ?!」」」
まさか断るとは考えもしていなかった為に漏れたその驚きの声は、ヤスメ副長だけのものでは無かった。隣に座るモモカンも同様に驚き、後ろに居るシルバーランクPTの方からも声が聞こえて来ていた。
「あーケイタさん。ちゃんと考えてからもう一度答えてくださいね。ジャガ男爵様が雇いたいと仰せです。応じますね?」
「いいえ、お断りします」
しかし、ケイタからの答えは変わらず、ヤスメ副長が尋ねた後、間を置かず、しっかりとした口調で述べてきた。
「ケイタさん!ジャガ男爵様はマシュハドの街を治めている代官であり貴族なのですよ、分かっていての答えなのですか?しっかりとギルドを通して雇用契約を結べば、高額な報酬を危険なく得られるようになるのですよ?」
「はい、分かっている上での答えです」
鎧の中の男は余裕そうに微笑み、その隣に座っているフードを深く被った太った女も口元を緩ませている。
この答えは異世界人であるヤスメ副長からすると考えられない答えだった。
冒険者ギルドとしても「おいしい依頼」を紹介しているのにも関わらず、断って来る腹積もりが理解できない。
「ケイタさん、平民が貴族に逆らってはいけません。殺生与奪の権は貴族が握っているのですよ?」
「ええ、そうらしいですね」
「もし、これを断ってしまうと1か月後には追っ手が来てしまうのですよ?」
「なるほど、1か月も猶予があるのですね」
ヤスメ副長はケイタが断って来た時の対応は考えていなかったので、頭が真っ白になってしまい、とりあえず自分の手札を曝け出し、具体的な貴族のやり方を話してみたのだが、それでもなおケイタの余裕そうな顔は変わる事無く、飄々としたままだった。
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