第192話 ジャガ男爵

「それで、お前は1週間の間、何をしていたんだ?」

「そ、それは・・・」

「連絡が来なくなってから1週間。報告もしないで何の手も打ってないのか?」

「・・・」

「もっと高ランクの奴等をどんどんと送り込んでやれば、今頃捕まえられていたんじゃないか?なぁ?」


 完全にジャガ男爵の八つ当たりなのだが、逆らえる立場ではないナベージュは体を硬直させて話を聞く事しか出来なかった。


「何とか言ったらどうだナベージュ!」

「ジャガ様。平民には難しい話で御座います」


 しかし、ここでジャガ男爵の後ろに佇んでいた執事のサダバラが助け舟を出してくれた。


「なんだと?・・・」

「プラチナランクやミスリルランクを自由に使えるのは限られた人のみ、そうなっているのです」

「そうなのか?ナベージュではゴールドランクが精一杯だったって事か?」

「おっしゃる通りで御座います」


 そして、冒険者ギルドについて知識があるのか、ナベージュが高ランクPTに依頼を出せない理由も説明してくれた。


「そうか・・・しかし、このままでは奴隷不足が解決せんぞ。今更、獣人狩りを放った所で、たいした期待は出来んだろうし、果たしてゴーレム使いとやらは、高ランクPTを差し向ける程の価値はあるのか?今からでも国外から割高になっても奴隷を連れて来た方がいいんじゃないのか?」


 ジャガ男爵が新たな疑問を口にすると「次はお前の番だ」という事なのだろう、前に出て来ていた執事がスッと一歩後ろに下がり定位置に戻った。


 それを見たナベージュは、隣に座るヤスメ副長に視線を送り、発言を促す。


「ジャガ男爵様。冒険者ギルドに上がって来た報告によりますと、同時に100体以上のゴーレムを扱っていたと推測されます」

「ほう。100体か・・・サダバラどうなんだ」

「ジャガ様、それ程の数のゴーレムを本当に扱えるならば十分に価値は御座います」

「そうか。おい女、その100体ってのは本当なんだろうな?」

「はい、報告を見た限りでは、まず間違いないかと思われます」


 ヤスメ副長はナベージュの付き添いとして多くの場を経験しているので、堂々とした受け答えをしていた。


「・・・よし分かった。それじゃあ本腰を入れてゴーレム使いを捕まえる事にする。ナベージュ、居所は突き止めてるんだろうな?」

「ハッ、ゴーレム使いは『呪いの森』にアジトを構えているようです」

「『呪いの森』かぁ。また辺鄙な場所だな・・・まぁいい。後はないか?ゴーレム使いに関する情報は?」


 ナベージュはゴールドランクPTから定時連絡で聞いていた話は全て話してしまっていたので、これ以上ゴーレム使いに関しての情報は持って無かった。しかし、隣のヤスメ副長を見ると、膝に置いていた羊皮紙の束を持ちながらこっちを見ていたので、アゴをしゃくって発言の許可を与えてやる事にした。


「これは、求められる情報とは少し違うかもしれませんが・・・」

「構わん、続けろ」

「はい。領内に多数のゴーレムが目撃された日の話になるのですが、その日ギルドの解体場に多数のモンスターを預けたまま代金を取りに来ていない冒険者がおりまして、その冒険者の顔を覚えていた受付が言うには、長髪の黒髪だったそうです」


 確か、門番頭のトワレが言っていたゴーレム使いの特徴というのも「黒髪を後ろに束ねた見た事も無い顔の男」だったはずだ。なるほど、特徴は一致している。


「そして、その者は目撃情報がもたらされる数日前に冒険者ギルドに登録しており、『ケイタ』と名乗っておりました」

「なるほど、ギルドに登録していたのか」

「はい、なので今も冒険者ギルドのギルド員という事になると思います。そこで、一度その線でゴーレム使いに接触をしてみる、というのはいかがでしょうか?」

「ふむ・・・」

「そうすればもっと詳しい戦力の情報や背後関係が見えてくると思います。それに、話次第では雇うという選択肢も出てくるかもしれません」


 ナベージュは冒険者ギルドのギルド長なのだが、実際に業務を取り仕切っているのは横に居るヤスメ副長だった。

 ゴーレム使いが「ギルド員」だったという話は、普段ふんぞり返っているだけのナベージュには入って来てないし、聞いていたとしても取りこぼしていそうな小さな情報だった。しかし、ヤスメ副長はそれらを上手く使い、ナベージュには出来ない様な提案をしてみせていた。


「まぁ、一度接触してみて感触を確かめるのも悪くないが・・・。サダバラ」


 そこでジャガ男爵が一度話を区切り、後ろを振り返って1本指を立てると、打ち合わせをしていたかの様に秘書のサダバラが軽く会釈をして、部屋を出て行ってしまった。


「生憎、その結果を待っている程時間に余裕が無い。今回は万全の体制で挑まないとならないんだ。お前らがゴーレム使いと接触しようが、しまいが、一向に構わないが、ただ、高ランクに依頼を出すのは決定事項だ」


 どうやらジャガ男爵はジャガ男爵で上から突かれ、武具の納期あたりを決められてしまっているのだろう。

 ギルド職員が「呪いの森」まで行ってゴーレム使いに接触し、その成否を見定めてから王都エスファにいる高ランクに依頼を出すのでは遅いらしい。


 真っ当なギルド職員からすると、ゴーレム使いに依頼という形で受けてもらうのが一番良いのだが、ナベージュにとってはどっちでも構わないし、どうでもいい話だった。


「失礼致します」


 ナベージュがそんな事を考えていると、先程部屋から出て行った執事のサダバラが重そうな巾着袋を手にして戻って来た。


「今回はオレの名前で正式に依頼を出せ。金貨300枚もあればプラチナランクPTぐらいは引っ張って来れるだろう?」


 サダバラの手によって重そうな巾着袋がテーブルの上に置かれた。


「はい、それだけあれば間違いないと思います」

「後は・・・おい。それは、前回のゴールドランクPTの依頼代だ」


 そして今度は、そこまでの膨らみは無いが、そこそこ重そうな巾着袋がナベージュの前に置かれる。


「庶民共の金の感覚など知らんかったわ。それはお前が持って帰れ」

「ハッ、ありがとうございます」


 ナベージュは頭を下げ、目の前に置かれた巾着袋を手に取ると、ズシリとした重みがあり金貨が100枚前後は入っていそうな重さだった。それは、今までにナベージュが自分で支払っていたシルバーランクPTとゴールドランクPTの依頼代を合わせても十二分にお釣りが来るほどの額だった。


 ジャガ男爵は醜悪で横柄だが「馬鹿」ではなく、この辺りをしっかりと押さえてくるので侮れない存在なのだ。

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