第121話 帰還
ダンジョンを取り囲む大きな崖から、雑木林の中を車で走る事約3時間、ようやくダンジョン入口の門が見えてきた。
たった数日間、異世界の街へ出掛けただけなのだが、色々とやらかして来てしまったので、ようやく肩のチカラを抜く事が出来た。
ダンジョンの入口付近は、学校の校庭ぐらいの広さを開墾していた。木は全て取り除き、土を掘り返し、石などを避け、畑作りをしていたのだ。
これは敬太が異世界からいなくなってもモーブ達が自力で生活出来るように整えておこうと思い始めたものだった。
今は、父親の病気の影響で作業は止まってしまっているが、計画ではこれから道を作ったり、水を引いたり、家を作ったりして、ちょっとした「村」規模の生活出来る場所を作ろうと考えていたのだ。
「おーい!モーブ!」
丁度、土を耕しているモーブが見えたので、窓を開け大きな声で叫んだ。しかし、ちょっと距離が遠かったのか、何の反応も無かった。仕方が無いのでプップッとクラクションを鳴らしてみると、ダンジョンの入口から子供達が顔を出してきた。
「ただいま~」
ゆっくりと車を走らせながら子供達の側まで行くと、大きく手を振りながら笑顔で出迎えてくれた。
「ケイタのおっちゃん!その荷車いいなー」
「おっちゃんだ~」
最近、しっかりとしてきた獣人で犬族のお兄ちゃんクルルンと、なんだかポヤポヤしている獣人で狸族の妹テンシンだ。この2人は本当の兄妹ではなく、モーブと一緒に逃げ出してきていた奴隷の子供で、複数家族合同の数十人規模の大脱走の生き残りの2人だ。
逃亡中に追っ手に追いつかれ、その戦闘で親を殺され、友達を殺されて、どうにか生き残った最後の子供達なのだ。
出会った頃は、満足に食べていなかったのかやせ細っていていたが、最近は年相応の体つきになり、子供らしく笑顔を見せる様になってくれていた。
「何か変わった事はなかったかい?」
「ん~?あっそうだ。オレね、歯が抜けちゃった」
「歯がとれたの~」
ダンジョンに変わりが無いか兄妹に尋ねてみたが、返ってきた答えは兄のクルルンの歯が生え変わりの為に抜けてしまった報告だった。敬太がダンジョンから出掛ける前から「グラグラするー」と言っていたのが、この数日で無事に抜けた様で、歯抜けになった部分を指差しながら自慢げな顔して見せつけている。
「ケイタ。戻ったか」
「あっモーブただいま。何か変わりは無かったですか?」
「うむ。これと言って何も無かったぞ」
子供達と話をしている間に、近づいて来ていた異世界の最初の知り合い、獣人で猪族、元戦闘奴隷で右肘から先が無いモーブが話に加わってきた。
「そうですか。ちょっと聞いて欲しい話があるので、お茶にしませんか?」
「うむ。そうじゃな、土産話でも聞くとしようか」
それからみんなで改札部屋に集まり、お茶をしながら、敬太が街でやって来た事を順番に話していった。冒険者ギルドに登録した事、異世界のお金を手に入れた事、無事にハイポーションを手に入れられた事。
街の様子なんかも話に含め、予定通りにいっていた部分を話していると、子供達は興味深そうに「へぇー」っと声をあげていた。同じ異世界の話なのに食いつきが良いなと感じていたが、奴隷という身分を街中で見かけなかった事を思い出し、モーブ達にとっては街中というのは未知の世界だったのかもしれないと考えた。
皆の気持ちを思い、これまでのモーブ達の生活を根掘り葉掘り聞いた事が無かったので、未だに「脱走して逃げて来た」って事しか知らない。
大変だったのは分かるので、いつか話してくれる時が来ればいいなと思っている。
話が進み、奴隷の女の子を拾い持って帰って来た事まで話すと、モーブの顔色が変わり「どこじゃ」と強めに言われてしまった。
ちょっとモーブの反応に驚いたが、後々紹介するつもりだったので、すぐに奴隷の女の子を乗せたままの4DWのジープまで行き、見せてあげた。
「うむ。ひどい怪我じゃな」
「そうなんですよ。フォレストウルフってのに噛みつかれてて、すぐにポーションを飲ませたら血が止まって何とか生きてましたけど、もう少し発見が遅かったら危なかったかもしれません」
「うむ。そうじゃろうな。して、その場にいたのはコヤツだけじゃったのか?」
「ええ。周りを確認しましたが、この子だけでした」
「うむ。そうか・・・「餌」にでも使われたのじゃろうなぁ」
「餌?」
奴隷商人はモンスターに襲われると、奴隷を「餌」として投げ、それが襲われてる間に逃げるという方法をよく使うのだと教えてくれた。
命が軽い異世界ならではの話だ。業が深い連中だな。
敬太が奴隷の女の子を助けたのは、単に襲われている所を見つけてしまったからという単純なもので、どうやって、どうして襲われてしまったのかなんて考えようともしていなかった。だが、モーブの口から「餌」として犠牲にされたと聞いてしまうと、あれだけ拒絶され、嫌だ嫌だと暴れられたことがあっても同情してしまう。
「餌」の話を聞く前までは、敬太の頭の中では、死んだら死んだでしょうがないって考えに傾いていた天秤が、ガタリと音を立てて助けたいって方に傾きを変えてしまった。
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