第117話 恐れ

 目の前に体が真っ二つになっている男が倒れている。それはまるで電車に轢かれてしまった人の様に、お腹の辺りからズバッと上下二つに分かれてしまっていた。辺りには真っ赤な水溜りが広がり、血の匂いが立ち込め、男の顔は苦しそうに歪んだまま固まっていた。


「出て来ないで下さい」


 敬太は再び警告するように声を上げたが、実の所かなりビビっていた。初めて人を殺めてしまったからだ。膝が震え出し、冷静に物事を考えられない感じになってきてしまっている。頭の中は「来ないで」という言葉で埋め尽くされようとしていた。


 人の死体が初めてでビビってる訳ではない。祖父の葬式でも見た事があるし、祖母の葬式でも見てきた。見慣れているとは言わないが、年相応には見てきていると思う。グロいのだって耐性があるはずなのだ。首切り動画とか良く見ていたし、交通事故でグチャった動画も週に一回ぐらいは見ていた。そういう動画を集めたサイトもブックマークしてあるし、ご飯を食べながらでも見られる上級者のはずなのだ。


 それから一度だけ目の前でバイクと自動車の交通事故を見て、通報し救急車を呼んだ事もある。バイクに乗っていた人は、お腹を押さえてバタバタと暴れていたが救急車が到着した頃には動かなくなっていて、その人を担架に乗せるのを手伝ったのだ。動かなくなった人間は重いなぁなんて、その時は思っていたがそれだけだった。後日その交差点には「死亡事故発生現場」の看板が立っていたが、「やっぱりな」としか思わなかった。


 ダンジョンにいるモーブ達を狙っていた追っ手を返り討ちにして埋めた事もある。モーブが止めを刺し、きっちりと殺していて、その死体を地面に埋めた。もちろん死体に触ったし、人の血が手に付いていたが何とも思わなかった。

 

 だが、目の前にある体が二つに分かれてしまった男の死体は、生々しく恐ろしかった。お腹の所からは腸の様な物が顔を出し、何も見ていない目が「死」を語ってくる。きっと自分が殺してしまった事が恐ろしく感じさせているのだろうが、軽いパニック状態となってしまっている今は、そこまで考えが回らなかった。





 一方、敷鉄板の囲いの中に残されている男達も混乱していた。パーティーの中で一番の攻撃力を誇る大剣の男が、突然現れた大きな鉄の板によって成すすべもなくやられてしまったからだ。


「おい、なんだあれは?魔法か?それともゴーレム使いのスキルか?」

「知らねぇぞ、あんな魔法は。デカい板が突然現れて人を真っ二つにしちまうなんて聞いた事もない」

「・・・どうした?早くポーションをくれよ・・・」

「うるせ~!ワッツ。外に飛び出たヘイスが殺られちまったんだぞ!」

「何っ!・・・」


 狭い敷鉄板の囲い中で無理やり大剣が振り回された時、敷鉄板と一緒に膝の裏側を切られてしまい立ち上がる事が出来なかった杖を持った男ワッツは、外で起こった事が見えておらず今の話で初めて仲間の死を知ったようだった。


「状況が状況だ。早く飲んじまえ」

「お、おう・・・」


 弓使いの男が背負っている背負い袋からポーションを1つ取り出して、足を切られているワッツに渡した。普段、後衛で魔法を使っているワッツはマジックポーションは持っているが、怪我する事が少ないのでポーションを持っていなかったのだ。


「うぐぐ・・・」

「大丈夫か?ワッツの傷が治ったら脱出するぞ。ヘイスがあんなに簡単に殺られちまったんだ、これは報告しなきゃならねえ」

「そうだな。オレが盾を持って殿をするから、ワッツかピランどっちかが絶対に街に戻って報告してくれ・・・」

「すまねえなグリウ」

「なーに。オレだって冒険者の端くれよ。だが、こんな金貨1枚程度の依頼で命を張る事になるとは思わなかったがな・・・ハハハ」


 どうやら先程の敷鉄板の一撃ですっかり攻める気は消え失せ、逃げの一手に転じたようで、これからの手順を話し合っていると、外にいるプレートアーマーから「出てくるな」と警告が発せられた。


「ふぅ。治ったぞ・・・どうする?」

「行くしかねぇだろう。この中に閉じこもっていてもジリ貧だ」

「そうだな。オレらの手には負えないかもしれないが、ギルドの連中なら上手くやってくれるさ。その為にもここから出て報告しに行かないとな」

「頼んだぞ!ワッツ、ピラン」

「グリウこそ無茶するなよ」

「街まで走るぞ!」

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