第116話 亜空間庫

「いくぞ!お前らちゃんと伏せてろ!」

「こっちに来るなよ!」

「くそ~!」

「やっちまえ!」


 敬太がコンテナハウスから外に出ると、何やら敷鉄板の囲いの中が騒がしかった。


「おらぁぁぁあああ【斬刃】!」


 マジか。あいつら狭い囲いの中で斬撃系スキル使いやがった。


「「「うわああああ!」」」


 男達の悲鳴が響く中、敷鉄板の1列が切り裂かれ囲いが破られてしまった。袈裟切りにしたのだろう、斜めに切れた敷鉄板の上の部分が音を立てて地面に落ちていく。すると中から大剣を振り下ろした格好の、筋骨隆々の男が顔を出して来た。


「てめー。ぶっ殺してやる!」

「おいワッツ大丈夫か!」

「バカヤロー味方を切ってどうすんだ!」


 どうやら1人、振り下ろした大剣の餌食になった奴がいるようで、敷鉄板の囲いの中は阿鼻叫喚の様相を呈していた。


「出てこないで下さい。出てきたら・・・潰します」

「うるせえ!こちとら1人やられてんだぞ!」

「しっかりしろワッツ!」

「おいポーション出せ、ポーション!」

「うぅ・・・」


 どうやら同士討ちも敬太のせいになるらしい・・・。大剣の男は敵意剥き出しで、敬太に飛び掛かる気マンマンなようで、カオスになっている仲間など気に掛けるそぶりも見せずに、切った敷鉄板に足をかけている。他の連中はしゃがみ込んでいるのか、こちらからは頭しか見えず何をしているのか分からない。


「ぶっ殺すぅぅうう!【連刃】あああ!」


 結局、敬太の警告も無視して大剣の男は、敷鉄板の檻から飛び出してきてしまった。ならば宣言通り潰れてもらおうか。

 

「警告はしましたからね、【亜空間庫】」


 飛び掛かかってくる大剣の男の上に、【亜空間庫】から取り出した特別な敷鉄板を取り出した。すると、ドン!と大きな地響きを立てながら敷鉄板は大剣の男の上に落ち、体を真っ二つにしてしまった。





 敬太が【亜空間庫】の特性に気が付いたのは、つい最近の事だった。初めは朝方に入れたお弁当を、昼に食べようと出した時に冷めていなかった事から始まる。この時はラッキーだなぐらいにしか考えていなかったのだが、夜寝る前にもしかして凄い事なんじゃないかと考え直し、そこから色々な実験が始まった。

 

 コップに入れた温かい水と冷たい水の温度を測り、【亜空間庫】の中に入れ、時間経過とともにそれぞれの温度のチェックをしていく。

 初めは1時間おきに温度を見ていたのだが、何も変わらないので間隔を空けていき、1日2日と時間を空けても温度は変わらず、1週間経っても温度に変化は見られなかった。


 この結果は大いなる法則を完全に無視したもので、熱いお茶は必ず冷めるという経験則が通じない摩訶不思議な現象だった。

 この事から、平凡な敬太は【亜空間庫】の中は「時間が止まっている」んじゃないかと、勘違い的な発想をしてしまい、それがまた新しい謎を作る事になってしまう。


 その後、実際に【亜空間庫】の中にスマホを入れてみて、時計がズレる事を確認して、「やっぱり時間が止まっている」とひとり喜んでいたのだが、ピタッと時間が止まった世界を想像してみると、どうにも違う様に感じた。


 何もかもが止まった世界。


 そこでは、人間の動きはピタッと止まっており、呼吸はおろか瞬き一つせず、心臓まで鼓動を止め、マネキンの様に固まってしまう。

 光も動きを止め、目には何も映らず真っ暗になる。

 更に、分子、原子が運動を止め、全てが絶対零度(摂氏マイナス273,15度)となる。

  

 ダメだ・・・これではお弁当がカチカチに凍ってしまうだろう。

 どうやら「時間が止まっている」という事とは少し違う様だ。

 温度を保ち、時計を狂わせる【亜空間庫】。一体どのような力が働いているのだろうか。


 もう少し考察を続けよう。


 何となく時間の流れが一定じゃないと温度が変化してしまうのが分かった。

 時間の流れが遅いと原子の運動が鈍くなり温度が下がるし、逆に時間の流れが速いと、電子レンジを使った時の様に、原子の運動が活発になり温度が上がってしまう。

 そもそも不変の原理があるので、時間の流れは何処でも一定なハズなのだ。


 なので、少し視点を変えて考えてみよう。


 こちら側と【亜空間庫】の中をすると時間の進みに差が出る。この様に考えるとどうだろうか?

 どちら側でも時間の流れは一定で、1秒は同じ1秒として進んでいるのだが、【亜空間庫】の中には何かしらの力(加速度、重力、もしくは魔法の不思議な力)がかかっていて、こちら側から見ると時間が遅れて見える様になるのだ。


 そして、この時間に差が出る2つの間を繋いでいるのが、本当の【亜空間庫】の力なのではないだろうか?

 そう考えると、辻褄が合うと思う。


 長々と難しく説明してきたが、簡単に言うと、【亜空間庫】の中は「時間が止まってるかの様にゆっくりと見える」と言った感じだろうか。


 論より証拠。ここは今一つ実験をしてみよう。


 まずは、カップラーメン用の3分の砂時計を【亜空間庫】にしまう。そして、十分な時間を置いた後に取り出し、入れた時との差を見比べる。

 結果、砂時計の砂は落ちておらず、入れた時との差が分からなかった。


 これは【亜空間庫】の中が無重力だったという線もあるが、こちら側と【亜空間庫】の中の時間の差が大きい為、入れた時の状態と然程変わらなかったのだろう。


 次に、野球の軟式ボールを投げて【亜空間庫】にしまい、投げ入れた時の速度と出した時の速度を、スピードガンで測ってもらい違いを正確に比べた。

 結果は変化なしだった。


 これも【亜空間庫】の中が無重力で真空で広大だった線があるが、2つの時間の差が、入れた時の状態を保っていたのだろう。


 まだまだ検証が少なく、こちら側と【亜空間庫】の中との時間の差がどれぐらいあるのか正確に分かってないが、温度実験の事を考えると、こちら側が1週間経っても【亜空間庫】の中では1分以下しか経過していないのが分かると思う。

 単純計算すると、最低でも1万分の1以上の差があるのだろう。


 ちなみに、お菓子の名前が付いている天高く聳え立つ塔の上にある「1日で365日修行が出来る部屋」は365分の1の差という事になる。



 10億円という大金をつぎ込んで手に入れた【亜空間庫】。それは、未だに底が見えない程、大量に物をしまう事が出来る収納であり、こちら側との時間差によって、まるで止まっているかの様に時間経過を遅らせることが出来る保存庫だった。だが、今回の砂時計の実験で気付を得、野球のボールをしまえた事で確信を得た事がある。それは、「動いている物でもしまえる」って事だ。


 どれぐらいの速さの物までしまえるのか、そしてそれをどれぐらいの時間しまっておけるのか。この辺りは後々検証が必要になるが、かなり有益な発見だっただろう。

 攻撃方面にしても防御方面にしても、実践で役に立ちそうな案がすぐに浮かんできた。



 ダンジョンを取り囲むように聳え立つ20mはある崖の上に登り、そこから敷鉄板を落とし、しまえるギリギリの距離で落ちている敷鉄板を【亜空間庫】にしまった。これで「落下する敷鉄板」というえげつない武器を手に入れた訳だ。だが、まだまだ敷鉄板の速度は上げられるので、もう一度15m上空に出し落下させ、崖の下15mでしまう。この作業を失敗しながらも何度も繰り返し【亜空間庫】にしまう敷鉄板のスピードを上げていった。


 その結果が今回使った「物凄い勢いで落下する敷鉄板」になる。


 そして、その威力は御覧の通り、人を真っ二つにし、そのまま敷鉄板が地面に突き刺さる程の凄まじい威力だった。



 体半分になってしまった大剣の男は、しばらく藻掻く様に腕を動かしていたが、程なく電池が切れたように動かなくなった。


 この日敬太は童貞を卒業した。

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