第81話 夢

 敬太は何もない所に立っていた。

 足元を見ると首に大きな傷がある男が転がっている。

 男は苦しさを訴える様な表情をしているが、目に光が無く、虚空を見つめている。

 敬太は動かない男をジッと観察した。

 男の呼吸は止まっているらしく、まばたきもしない。

 喉に開いている大きな傷を見ても、血は流れ出ておらず赤い肉が顔を覗かせているだけだ。手が触れるような距離に居るのだが何の気配も感じ取る事が出来ず、転がっている男が作り物の様に見えてくる。これが「死」と言う物なのだろう。

 

 人間の死体は、父方の祖父、祖母の葬式で2度見た事があったが、見ず知らずの死体をまじまじと見るのは初めての事だったので、興味深く、引き込まれてしまった。


 ふと我に返り、その場を去ろうと踵を返すと、不意に足が絡まり転んでしまった。

 足元を見ると、足首の辺りをグッと掴まれているのが目に入り、それが喉を貫かれ転がっている男の手だと認識すると、強烈な恐怖に襲われた。


「ぐぅぅ・・・」


 咄嗟に叫び声を上げようとしたのだが思い通りに声が出せずに、くぐもった声になってしまう。兎に角逃れようと、足を掴んでいる手を蹴り飛ばそうとしたが、思うようにチカラが入らず、明後日の方向に蹴りを繰り出してしまう。

 それでも、諦めずに2度3度と蹴りを放つが、上手く狙いが定まらず、足を掴んでいる手に蹴りを当てる事が出来ない。

 やろうとしている事は何も難しい事では無く、ただ足を掴んでいる手を蹴とばそうとしているだけなのに・・・。


 気が付くと足を掴む手が2個3個と増えてきており、地に転がる男の姿も増えていた。ふくらはぎ、腿、腰と掴まれ、敬太の体の上をう様にして、3人の男達がずり上がって来る。

 恐怖と気持ち悪さで、必死に体を動かし、跳ね除けようとするのだが、喉を貫かれた男達は気にする様子も無くジリジリと体をい上がって来る。胸の上に圧し掛かられ体重が掛けられると息も出来なくなってしまった。


 敬太は涙目になりながらも、目と鼻の先にある男達の顔を睨みつける。すると、男達もまた敬太の目を覗き込んで来ていた。光が無く焦点が合っていないチカラ無い目で。



 


 ハッと気が付き周りを見ると、先程のゾンビのような男達は近くに見当たらず、敬太は改札部屋にある寝室のベッドの上で大量の寝汗をかいて寝ていた。


 どうやら夢だったようだ。


 大きく息を吐き、起こしかけた体を、再びベッドに投げうって天井を見つめた。


 先日、殺した追っ手達の夢だった。

 敬太が昏倒させ、モーブがいつの間にか短槍で首を貫き止めを刺していた奴等だ。

 生まれて初めて「殺人」に加担し、男達から装備を剥ぎ取り、死体をぞんざいに扱った。

 良心の呵責からか、はたまた男達の怨念が見せたのか。現実味のある嫌な夢だった。


 モーブ達を奴隷として扱い、子供を殺し、剣や短槍で襲ってきたのだ、殺してしまっても正当防衛の範疇だろう。しかし、何も殺す事は無かったのではないかと考えたのも、また事実だった。


 現実世界の基準で考えれば、あそこで殺してしまったのはやりすぎだった。

 昏倒させ拘束出来たのならば、警察にでも突き出せば・・・。


 まてよ、異世界に警察ってあるのだろうか?


 森の中からの通報で、迅速に駆けつけてくれるような機関はあるのだろうか。

 大きな生き物を叩き殺すと現金が落ちてくるような世界の常識が分からない。


 あれは、逃亡者を手助けしてしまった事になるのか、それとも、か弱き者を助け出す事が出来たのか。殺人者になってしまったのか、正当防衛に当てはまるのか。


 

 ベッドの上で腕を組みしばらくの間考え込んだが、ヤムンとチャオの無念の表情が思い出され、敵討ちになったのではないかという答えに落ち着いた。


 ここは日本ではないのだ。降りかかる火の粉は自ら払わなければならない。

 何かあれば「通報するぞ」「警察呼ぶぞ」と他人任せではいけないのかもしれない。追っ手の手には剣や短槍が握られていたのだ、アメリカの様な銃社会の国ならば容赦なく発砲するのが正解だろう。


 初めての殺人現場を経験したおかげで、変な夢にうなされてしまったが、あそこでモーブ達を見捨てるよりか良かったのだろう。




 部屋から出ると、お昼の時間になっていた。

 さすがに37歳の徹夜は堪えたようで、夢を見るほど長い時間眠っていたようだ。

 しかし、そうやって頑張ったおかげでダンジョンの入口の門は完成し、追っ手の脅威に怯えないで眠れたのだ。良しとしておこう。


 気分を入れ替え、身支度を整え、改札部屋の扉からモーブ達がいる外に出る。


「おはようございます」

「あーゴルベのおっちゃんだ」

「おっちゃんだ~」

「うむ。起きたか」


 モーブ達は既に起きていて、敬太を出迎えてくれた。

 知り合って間もないが、こうやって歓迎してくれる人達を守れたのだ。それでいいではないか。


 そう思うと胸につかえるモヤモヤが晴れた気がした。


 ご飯は食べたのかと聞くと、まだとの事なので、それならばリクエストはあるかと聞いたが「何でもいい」という答えが返って来た。なので、またもや敬太の独断と偏見で昼食はサンドイッチにする事にした。


 いつものようにデリバリーで頼み、テーブルの白い箱から出てきたサンドイッチを持って外にあるダイニングテーブルの上に並べていく。


 みんなで席に着くと、朝食兼昼食を食べ始めた。


「モーブ。体調はどうですか?」

「うむ。こうやって飯も食えてるし、悪くないぞ」


 モーブはきっと昨晩もモンスターを警戒してあまり眠れてないはずなのに、本当に元気そうだ。今までが如何に過酷な日常だったのかは想像に難しくないが、改めて凄いな、タフだなと感心した。


 子供を守りながら孤立無援で当てのない生活。とても敬太には真似出来そうにもなかった。

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