王子と寝たふりスネーク①

(静かになったみたいけど……。

 王子野くん、もしかして寝ちゃった?)


 王子が横になったベッドを横目に見ながら独り言ちる紅葉先生。


(それにしても本当にかっこいいよね、彼。

 実際に見ると破壊力が違ったわ。

 まさに王子様って感じ。

 そんな子が隣のベッドで寝てるなんて……。

 な、何だかドキドキしちゃうかも……)


 思わず顔を赤らめた紅葉は、慌てて王子から目を逸らす。


(もし私も同級生だったら、生徒たちと同じようにキャアキャア言ってたでしょうねぇ。

 さすがに教諭になった今じゃ、そんな恥ずかしい事は出来ませんけど。

 それに……イケメンなんて、たぶん遠くから見てるだけの方が幸せじゃないかな。

 カレシがイケメンだったりしたら、嫉妬とか不安とか、きっと色々と大変でしょうし……)


 備え付けのワークチェアに座ると、さらに妄想を続ける紅葉。


(でも……そうねぇ。

 もし私が付き合うとしたら、平凡な人と穏やかな恋愛がしてみたいかなぁ?

 激しい恋なんてものは、私には向いていないでしょうし。

 まぁでも、恋愛自体が大変で面倒な事だから……ねぇ?

 だったら一人で恋愛小説でも読んでる方が、楽でいいかなぁと思うんだけど……)


 紅葉がそんな控えめな理想を夢見ていると――


 ――コンコン、ガラッ!


 ドアをノックする音がしたかとおもうと、勢いよくドアが開かれた。


「紅葉先生~!

 コイツ怪我したんで診てやってください」


 現れたのは三人の男子生徒。

 全員サッカー部のユニフォームを着ている。

 おそらく練習中に怪我をしたのだろう。

 一人は膝から血を流していて、仲間に肩を借りている状態だ。


「あらあら、大変ですねぇ」


 怪我した生徒を患者用の丸椅子(スツール)に座らせると、その前にしゃがみ込んで治療を始める紅葉。

 その姿勢は治療を受ける生徒から、紅葉の胸元がバッチリ見える角度だ。

 ゴクリッと生唾を飲み込む男子生徒。

 付き添いに来ていたほかの二人も、上から覗き込むように胸の谷間を凝視している。


(うーん、やっぱり見てるよねぇ。

 男の子ってどうしてこうなのかしら?)


 その視線に気付いている紅葉は心の中で嘆息する


(そういえば王子くんですら見てましたっけ。

 こんなのただの脂肪の塊なのに、何がいいのかなぁ?)


 世の中の男子には垂涎の的でも、持ち主からすればその程度のものなのだろうか。


(私としてはこうやって注目されると困っちゃうんだけど……。

 男性に興味を持たれると、大抵が面倒なトラブルになっちゃうし。

 大きな胸なんて平穏を脅かすだけの存在なのよ、まったく。

 あーあ、もっと小さい胸だったらよかったのに……)


 世の貧乳が聞けば殺意を覚えそうなことを、平然と考える紅葉であった。

 と、そんなとき――


「ねぇねぇ、紅葉先生。

 質問していいですか?」


 ――付き添いの男子生徒の一人から質問が飛び出した。


「はい、なんでしょう?」


「先生ってカレシいるんですか?」


「カレシですか? 残念ながらいませんよ」


「ホントに! だったら俺とかどうっすか?」


「あはは、バカな事言っちゃダメですよ。

 先生と生徒が付き合えるわけないでしょう?」


「え~、そんなぁ!」


 男子生徒の告白をサラッと躱す紅葉先生。

 するともう一人の男子生徒から、また別の質問が飛んだ。


「じゃあ紅葉先生。先生はどういう男性がタイプなんですか?」


「タイプですか……?」


 よくあるベタな質問に、紅葉は内心うんざりする。


(この質問、昔からよくされるんだけど……。

 でも普通、好きなタイプなんて特にありませんよねぇ?

 うーん、しいて言えば面食いな方かなぁ?

 でもこれって一般的な事だと思うんですが……)


 だがそんな考えはおくびにも出さず、ニコニコしたまま質問に答える。


「そうですねぇ、優しくて包容力のある人でしょうか」


「「「お――っ!」」」


 これまたありがちな返答だが、男子生徒達にはウケたようだ。


(まぁこう答えておけば無難よね?)


 上手く男子生徒をあしらえたと安心する紅葉。

 だが新たな質問が男子生徒から飛ぶ。


「それじゃ先生、俺たちの中なら誰が一番好き?」


「ふぇっ?

 い、いえ、そういうのはちょっと……選べませんよ」


「えー、何で? 選んでよ、紅葉先生」


「そうそう、お遊びなんだし適当でいいからさ」


(こ、困りました……。

 誰を選んでも同じにしか思えないし、誰を選んでも角が立ちそうだし……。

 こういう質問が一番困るわ、どうしましょう……)


 困った紅葉は、大急ぎで怪我の治療を終わらせる。


「はい、治療終了です。

 それじゃ部活に戻ってください」


「え~っ、つまんない。

 早く一人選んでよ」


「ダメです。

 寝ている人もいるんですから帰ってくださいね」


 ぐずる生徒を追い立てる紅葉。


「これからはもっと気を付けてくださいね」


「ちぇっ、しょうがないなぁ」


「ありがとう紅葉先生、また来るから!」


「あらあらダメですよ、怪我しない様に気をつけてください」


 ――ガラガラ、ピシャッ!


 騒がしい男子生徒たちが去り、保健室は再び静けさを取り戻した。


 ――――――

 ――――

 ―― 


 静かになった保健室の隅。

 そこにあるベッドの中で、紅葉の様子を伺っていた王子とイアン。


(おい、聞いたかイアン?

 タイプは優しくて包容力のある人だって)


『うーん、ホンマかなぁ?

 なんか取って付けたような答えやぞ?』


 先ほどの紅葉と男子生徒たちとのやり取りについて語り合う二人。


『それより俺様は、その後のやり取りが気になったわ。

 『この中で誰が好き?』なんて下らん質問やけど、適当に流して答えたらしまいやんけ。

 それを頑なに答えへんって、ありゃ相当な優柔不断と見たで』


(気持ちわかるわぁ。

 ああいう質問、俺もめっちゃ困るからな。

 笑ってごまかすしかないから止めてほしいよ)


『まぁ王子もたいがい優柔不断やからなぁ。

 それよりもうちょっと様子見よか』


 さらに息をひそめ、二人は紅葉の観察を続ける――。

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