妹の料理

 夏休みが終わり、2学期初めての学校に行った。



 そして、おめでたい話が俺の耳に飛び込んだ。



 なんと、勇翔が大学入試に受かったのだ。

 第一志望だった星京大学に。

 夏休みに小論文・面接・イラスト提出のみのAO入試を受け見事合格。

 ようやく自分の夢の第一歩を踏み出すことができた彼の表情は喜びに満ち溢れ、これから頑張ろうという意欲が垣間見えた。



『俺、絶対イラストレーターになるから!』



 目をキラキラ輝かせてそう言った彼が印象的だった。




 俺も自分のしたい仕事に向け、一歩を踏み出すことができたならどれ程嬉しいものだろうか。どれ程未来が輝いて見えるだろうか。




 夏休みにももちろん勉強は欠かさず行っていたが、休んでいる暇などない。

 いくら学力トップだとしても、受験する大学のレベルは高い。

 合格するまで気を抜いてはいられない。








 早めに家路に就き、早々に家に帰った。


 いつもならいるまふゆの姿がない。


(そっか……。今日まふゆ日直で遅くなるって言ってたな……)


 肩を落としながらリビングに行き、冷蔵庫に入っている冷えたお茶を勢いよく飲む。



(てか母さんもいねぇけど……)


 またどこかに行ったのかと、母さんのことは気にせず自分の部屋に行き勉強を始めた。



 15分ぐらい経ち、玄関のドアが開閉する音が聞こえた。


(まふゆ帰ってきたな)


 癒しを求め一刻も早く彼女に会いに行きたかったが、キリの良い所まで進めておきたいという葛藤と戦っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「どうした? まふゆ?」


 ドアが開き、立っていたのは思っていた通りまふゆだった。


「あのね、今日お母さん遅くに帰って来るんだって。だから夜ご飯適当に作って食べておいてってメッセージ来てたんだけど、お兄ちゃん、何食べたい?」



 えっっ、まふゆの手料理!?!?



 まふゆは今まで母さんの手伝いをしていたが、まふゆが1人で作ったことなどない。



 まさか、まふゆの手料理を食べることができるなんて……。




 思ってもみなかったこの事実に興奮を覚える。



「えっ……と……。何でも良いよ。まふゆが作れる物……」

「何でも良いってずるいよ。お兄ちゃんの食べたい物言って」


 ぷくーっと頬を膨らませる。



 相変わらず怒った顔も可愛いなあ……。




 俺を見ながら怒る彼女を見つめ、顔が緩む。


 返事をしないでいると、再び彼女が怒り口調で言葉を放つ。


「ちょっとお兄ちゃん! 聞いてる!?」

「お、おう……悪い……。んー、そうだなあ……」


 天井を仰ぎながら考え始める。


 まふゆは1人で作ったことがない。

 だから、難しいメニューを言ってまふゆを困らせるのはたまったもんじゃない。

 簡単に作れる物簡単に作れる物……。



「あ、じゃあ俺カレー食べたいな」

「カレーね! わかった! 頑張って作るから楽しみにしてて!」


 ニコニコして部屋を出て行った彼女。



 可愛すぎる……。何だあの笑顔……。




 というか!!!!

 まふゆのカレー!!

 まふゆが作ったカレーを俺は今日口にするのか……?

 何だその幸せな時間は!!



 こんなの勉強どころではない。


 好きな人が作った料理を食べることができることはこんなに幸せなことだったんだ……。







 ん……? 待てよ……?

 もしまふゆが食材を切っている時に指を切ったりでもしたら……。

 あんな白くて細い指に傷を作ってしまったら……。



 みるみる血の気が引いていく。




 俺が切ってやらないと!! 包丁なんてろくに扱ったことないけど!




 慌てて立ち上がろうとしたその時、ふと彼女の言葉を思い出す。


『頑張って作るから楽しみにしてて!』


 それって、全部自分でしたいってことだよな……?

 頑張って作って、俺に食べさせてやりたいってことだよな……?

 それなのに俺が手伝うって、彼女を侮辱することになるんじゃないか……?



 ここでも再び葛藤する。

 彼女の指を守るか、それとも彼女の気持ちを守るか……。



「ん〜〜〜〜」


 静かな部屋に、俺の重い唸り声が響き渡る。




「よし!」


 まふゆの指が大事だ!!

 包丁の野郎なんかに彼女を傷つけさせない!



 足早にキッチンに向かうと、彼女は懸命に人参を切っているところだった。


「まふゆ……?」


 恐々と呼びかける。


 俺に気づき、キョトン顔で俺を見つめる。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

「いや……。俺も何か手伝うことないかなって……」

「お兄ちゃん」


 包丁を置き、真っ直ぐ俺を見つめる。


「私、1人で作りたいの。私が作ったご飯をお兄ちゃんが食べて、美味しいって言ってもらいたいの。だから何も心配せずに、お兄ちゃんは勉強してきて。出来たら呼ぶから」

「そ、そうか……? ごめん……」



 やはり、俺の思っていた通りだった。


 俺に美味しいと言ってもらいたくて懸命に作るまふゆ。

 そんな健気な彼女の思いを振り切って、俺も手伝うなんてこと言えるはずもなかった。






 トボトボと自分の部屋に行く。


 と言っても、彼女のことが心配なのは変わりない。


 勉強を始めようとペンを持つが、彼女のことが頭から離れない。



 もし深く切ってしまって大量出血なんてしてしまったら……!!


 1階に居るのはまふゆ1人。

 倒れたまふゆに気づく人が居ない。


 手伝わなくても、俺が近くに居てやるべきなんじゃないか!?



 怖いのは包丁だけではない。


 もし鍋をひっくり返して熱湯を頭から被ってしまったら!?



 起きてほしくないことが次から次へと脳裏に浮かぶ。



 いや、でもまふゆは手伝ってほしくない……。

 それなのに俺が手伝いに行ったら……。

 いや、まふゆが怪我したら……。




 さっきまで俺も志望校に合格したいの一心で勉強にはかどっていたのに、まふゆが関わってくるとこれだ。

 彼女のことが心配すぎて勉強どころじゃない。




 ほんと、俺ってまふゆのこと大好きすぎだよなあ……。今更だけど。



 勇翔も美琴ちゃんのことこのくらい好きなのだろうか。

 美琴ちゃんが1人で料理するって言ったら心配するのだろうか。

 俺がおかしいだけ……?

 いや、でも勇翔ならわかってくれそうだ。




 なんてことを考えたり、まふゆのことを考えたりしているうちに30分程時間が経っていた。




(そろそろ出来た頃だろうか……)


 別に手伝ってやろうとか思ってるわけじゃないし。

 ただ、出来たかなーって見に行くだけだし……。


 なんて、誰にも聞かれてもいないのに言い訳を繰り返す俺の脳内。





 下に下りると、カレーの良い匂いが漂って来た。


(上手く出来たみたいだな……)


 そろりとキッチンを覗くと彼女は楽しそうにカレーを煮込んでいた。


(良かった、怪我はなさそうだ……)



 不意に顔を上げ、俺に気づく。


「あれ、もう下りて来たの?出来たら呼ぶって言ったのに」

「あ、いや……。べ、別に手伝いに来たとかそういうわけじゃないけど……。そろそろ出来た頃かなっていうか……その……」


 突然何を言い出したかもわからない俺の言葉に、「クスッ」と笑った。


「なら、ご飯よそってくれる?」

「お、おう! わかった!」


 彼女から頼んで来たことが嬉しくて、俺はニコニコしながら皿にご飯を盛り付けた。





 そうして、まふゆが作ったカレーが出来上がった。



「うわああああ。今まで見たカレーの中で1番美味しそうだ……!」

「何言ってるの。カレーなんてどれも一緒でしょ。早く食べてみて」

「ああ! いただきます!」


 世界一美味しそうなカレーを口に運ぶ。


 すると、カレーの旨みや甘味・辛味などの味が一気に口の中に広がった。


「うっめえええええ! 何これ何これ! すっげえ美味い!」


 ガツガツと口の中に運んで行く。

 本気で美味しい。


「もう……。大袈裟だよ。カレーなんて誰作っても一緒だよ」

「そんなことない! まふゆのカレーが1番だ!」



 あっという間に俺の皿からカレーがなくなった。




 好きな人が作ってくれたっていうのもあるのかもしれないが、心の底から美味しかった、好きな人が作った料理。


 まふゆって可愛くて性格も良いだけじゃなくて、料理まで上手いなんて……。

 こんな出来た子が他にいるだろうか……。

 俺の妹マジ天使……。




 満腹になった俺の前で、まふゆは笑顔でこう言った。


「お兄ちゃんが美味しい美味しいって食べてくれてほんとに嬉しい。ありがと、お兄ちゃん」

「何言ってんだ! お礼を言わなきゃならねぇのは俺の方だ! 美味しいカレー作ってくれてありがとう!」

「うん!」



 初めて食べた彼女の料理の味を一生忘れないと心に誓った。

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