第294話 撤退戦(5)相沢side
山岸直人さんとダンジョンに潜ってからのレベルの上がりが早い。
――そう、レベル。
それはダンジョン内でのみ適用されて、身体能力に影響する数値。
レベルによって潜れるダンジョンの限界階層は決まっている。
Fランクのダンジョンの場合には、現在地のレベルからマイナス10を引いた数字が安全圏でのダンジョン探索レベルとされている。
夫のレベルは53。
夫が潜っていたダンジョンは、攻略難易度では初期の時点ではDランクと陸上自衛隊が決めていた。
それはモンスターの強さとダンジョン内の攻略度難易度の総合からであった。
ただ、夫がダンジョンに潜る少し前に鳩羽村のダンジョン攻略度難易度がFランクまで下げられた。
理由は、各階層に休憩所が作られたこと。
それにより補給が楽になったこと。
そしてダンジョン内のMAPが50階層まで無料で配布され――、さらにはGPSにより場所が特定できるようになったからという理由だった。
レベルが低くても安心安全に高レベルのダンジョンで稼げる。
その事実が公表されてからは、多くの冒険者が鳩羽村ダンジョンに押しかけるようになった。
それが本当に危険な事だと知ったのは私の夫がダンジョンで消息を絶ってからで――。
「相沢さん、モンスターがきます」
考え事をしていた所で、山岸さんから注意をしてきた。
私は、ハッ! として目の前を見る。
そこには体毛が赤い体高2メートルは超える豚が私達目掛けて走ってきていて――。
「早く用意を」
焦った様子もなく山岸さんが私に指示を出してくる。
慌てて引き摺りながら持ってきていた日本刀を鞘から抜刀し両手で構える。
「――ッ」
重い……、あまりの重さに両腕が震える。
必死に日本刀を構えながら目の前を見るとモンスターまでの距離は幾ばくも無い。
「は、早い!?」
これでは攻撃に間に合わない。
あまりにも日本刀が重すぎる!
どうしようも無く立ち尽くしたところで、突然! モンスターが倒れる。
そして倒れた位置が私の目の前で……、
「相沢さん! モンスターが、躓いて転倒したようです。すぐに日本刀で頭を攻撃してください」
彼の言葉に私は必死に日本刀を両手で持ちながら走り――、刀身をモンスターの頭部へ向けて振り下ろす。
日本刀は、凄まじい切れ味を見せてモンスターの頭部を切り飛ばした。
「ステータスオープン」
私は、すかさずレベルを確認。
レベルが18になっていた。
何故か私は今までは、何年もダンジョンに潜っていたのにレベル7で停滞していた。
――だというのに、今はすさまじい速度でレベルが上がっている。
どんなにすごい冒険者でも1レベルを上げるだけでも何日も何週間も掛かると言うのに本当にすごい。
それから、何というか……、私は一人でずっとダンジョン内で戦っていた。
山岸さんは、戦闘に参加せず見ているだけ。
時折、牛丼とか牛は牛丼に向いているとかリラックスさせようとしているのか、笑えないジョークのような事を口にしてくる。
そんな事をせずに戦闘に参加してほしい……。
そう思いつつ数時間が経過したところで私のレベルは100を超えていた。
それと同時に、手に持つ日本刀がかなり軽くなっていて戦いがよりスムーズに行えるようになっていて無意識にモンスターの動きを先読みする事が出来るように。
何百回もモンスターと戦闘を繰り返していると、さすがに周りを見ながら話す余裕も出てきた。
ダンジョンも10階層まできていて――。
私自身のレベルは175に到達。
すでにベテラン冒険者と言っても差支えのないレベルになっていた。
それと同時に、こんなに早くレベルが上がる事に違和感を覚えずにはいられない。
私は疲れた体に鞭を打ちながらモンスターを倒す。
さすがに、もう限界で――、それを見た山岸さんは休息を提案してきた。
彼と並んで座り、私はずっと気になっていることを彼に聞くことにした。
それは、どうして冒険者になったのか? と言う事。
最初に感じた冒険者という職業に関して彼は殆ど興味がないように思えたから。
そして――、それはダンジョン内での彼の様子を見ていて核心に変わっていた。
だから、私は彼に聞いた。
どうして冒険者になったのか? と――。
そしたら、『何となく』と、言う答えが返ってきた。
そう――、なんとなく……。
日本ダンジョン探索者協会でTOPランカーとして君臨しているピーナッツマン。
そしてニュースにもなっている彼の力。
どこをどう見ても何でもできる。
私は彼に聞いた。
今後はどうするのか? と――。
そして、その力があれば何でもできるのでは? と。
それと同時に、どうしてもっと早く! 鳩羽村に来てくれなかったのか! という意図も込めて。
彼は、私の問いかけに無言で答えてきた。
一瞬、山岸さんの不評を買ってしまったと思い、私は慌てて謝罪した。
私は、ダンジョン内を探索するにはまだまだ経験不足。
彼の――、Sランク冒険者としての知識が必要だから。
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