第290話 撤退戦(1)

 悪態をつくが――、心が晴れることはない。

 何より苛立ちが募るのを抑えることが出来ずにいる。


「(山岸さん!)」


 唐突に視界内に半透明なプレートが開くと共にログが流れ音声が直接、頭の中に響く。


「(藤堂か? どうかしたのか?)」

「(レムリア帝国が、中国に宣戦布告を行いました)」

「(どういうことだ?)」

「(詳しい情報は一般には流れていませんので、政府関係者から聞いた話ですが……)」

「(構わない。すぐに情報は流れるだろ。どういうことだ?)」

「(それが、中国国内でダンジョンの暴走が数か所確認されてモンスターがダンジョンから出てきたからだと)」

「(どういう理屈だ? そんな事で、宣戦布告を行うのは……)」

「(普通はあり得ない事です。ただ、レムリア帝国は普通の国とは違いますので――、それに……南北朝鮮を滅ぼしたこともありますから)」

「(つまり、中国を滅ぼそうとしているという事か?)」

「(可能性は高いと……)」

「(それにしても、どうして俺に話を持ってきた? 夏目の指示か?)」

「(はい。中国とレムリア帝国が戦争状況になれば隣国である日本を守る為に自衛隊の配置も変わるからと――)」

「(なるほど……)」

「(山岸さん?)」

「(――いや……なんでもない)」


 恐らく夏目が言いたいのは自衛隊を此方に回そうとしても、数が限られると間接的に言いたいのだろう。

 何せ、旅館の――、従業員の住宅建設を自衛隊の施設課に頼んでいたからな。

 それができなくなると遠回しに言っている……そう考えるのが妥当というところか。


「(あの山岸さん)」

「(なんだ?)」

「(佐々木さんは……)」

「(分からん。現状では、佐々木は発見できていない。それよりも日本ダンジョン探索者協会の対応はどうなっている?)」

「(それは鳩羽村ダンジョンに限るという事で?)」

「(どういうことだ?)」


 鳩羽村ダンジョンに限る?

 そういえば中国のダンジョンが先ほど暴走していると、藤堂は言っていた気がする。


「(――まさか!? 藤堂!)」

「(は、はい!?)」

「(ダンジョンの様子がおかしいのは、鳩羽村と中国だけではないのか?)」

「(はい。日本では、北海道、沖縄、三重県の3県と津軽海峡のダンジョンで暴走が確認されています。現在、陸海空の自衛隊がモンスターの襲撃を防いでいる状態です。あとは、世界中のダンジョンもモンスターが強化されていて各国の政府が対応を追われていると――)」

「(……つまり、モンスターの強化がされたのは、このダンジョンだけでは無いという事か? そして、各国がダンジョン対応に手間取っているのを確認したところで宣戦布告をしたと……そういうことか?)」

「(まさか、レムリア帝国でも世界同時にダンジョンのモンスターを強化するのは不可能なはずです。そこまで解析が進んでいる国は聞いた事がありませんし)」


 藤堂に話を聞きながらも、俺は田中のレベルとステータスを思い出す。

 少なくとも田中はステータスを強化していた。

 つまり、ステータスという物が存在していること知っているということだ。

 そうなると……、少なくとも何かしらの情報を握っているという推測が立つ。


「(分かった。それと鳩羽村ダンジョンの現状はどうなっている?)」

「(陸上自衛隊300人が入口前に集合しています)」

「(分かった。そのまま待機しておいてくれ。それと、これよりダンジョン内の生き残りを連れてダンジョンを脱出する。その旨を日本ダンジョン探索者協会のお偉いさんに伝えておいてくれ)」

「(わかりました)」

「(それと山岸さん、大丈夫ですか?)」

「(何がだ?)」

「(いえ、すごく慌てているように声色から感じられるのですけど)」

「(大丈夫だ。問題ない)」


 俺は、藤堂からのギルドチャットを閉じる。

 

「ピーナッツマンさん、お待たせしました」


 息を切らせてブース内に入ってきたのは水上であった。



 


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