第245話 取引と契約

 ――時間としては1時間ほど。


「それでは、このような形で承ります」


 話が一段落したところで、桂木が手にした書類をカバンに入れながら頭を下げてくる。


 代表取締役社長は、俺と言う事になっているが、実質的に派遣会社の業務内容は、桂木香に丸投げする形になっている。

 その事に関しては俺も彼女も納得しており、簡単に言えば俺は神輿に過ぎない。

 それでも人材が必要だから仕方ないと考えている。


「あとは――」


 とりあえず手元には7億しかない。

 銀行口座には、競馬場で勝った同額が入っているがキャッシュカードは江原に預けてある。

 そのお金は、千葉都市モノレールの復旧に使おうと思っていたからだ。

 つまり、渡せるお金はアイテムボックスに入っているお金のみ。


「桂木さんは車で来られたんですよね?」

「はい。外にタクシーを待たせています」

「分かりました。それでは、松阪市まで同行しましょう。そこで運転資金をお渡しします」

「鳩羽村にも金融機関などがありましたけど?」


 俺の提案に不思議そうな表情で首を傾げてくるが――、佐々木家本家は、それなりの力がある。

 そのお膝元で、お金のやり取りをするのはマズイと思ったからだ。


「いえ、鳩羽村には自分の口座を利用できる金融機関はないので――」


 本来は、提携している金融機関同士なら利用は可能なのだが、手持ちをアイテムボックスから出して敵対している相手に少しでも情報が渡るのはギリギリまで避けたい。


「そ、そうですか……」


 腑に落ちない様子で頷いてくる桂木。

 それでも、俺が立ち上がると彼女も追従してくる。

 何故なら、あくまでも俺は出資者と広告に過ぎないからだ。


「先輩」


 何故か知らないが、俺と桂木が話している間――、ずっと! 近くのソファーに座って此方を見てきていた佐々木が近寄ってくる。


「佐々木、少し松阪市の方に行ってくる。何かあったら携帯の方へ連絡をくれ」

「――え? わ、わかりました……」


 俺の言葉に、佐々木が渋々といった様子で答えてくると、ジッと桂木の方を見るが一体、何かあるのか……。


「それじゃ頼んだぞ」

「はい……」


 二人で旅館を出たあと、「一緒に連れて来なくて良かったのですか?」と、桂木が聞いてくるが、佐々木はレベルが8000を超えている此方の戦力でもある。

 佐々木家本家が、経済力ではなく武力で訴えてくる可能性がある以上、戦える人材を配置しておくことは戦略上必要不可欠だ。


「アイツも自分の立場くらいは理解していると思うので」

「そうですが……」


 やけに佐々木のことを気にかけるな。

 何かあるのか? と、勘繰ってしまいそうになるが――、すぐに意味ないことだと思い考えを隅に追いやる。

 桂木が待たせていたタクシーに同乗したあとは、駅前の銀行に行きクリスタルグループの法人名義の口座に日本ダンジョン探索者協会に一度、5億円を預けたあと、それ経由で入金する。

 

「あの、山岸さん……」

「何でしょうか?」


 銀行を出た所で、桂木が話かけてくる。


「今回は、こちらの要望を聞いてくださりありがとうございます」


 何度目か分からない謝辞を桂木はしてくる。


「これは正当な取引です。こちらは労働力が欲しかった。そして、桂木さんは労働力――、個人情報を提供する代わりに見返りを求めてきた。そして自分は、それに同意した。それだけの事です」

「それでも……、祖母のこともありますし……」

「気にすることはないです。約束は約束なので――」

「はい……」

「それでは、自分は鳩羽村に戻りますので派遣の方が集まりましたら連絡をください。すぐに移動手段を手配しますので」

「分かりました」


 仕事人の表情になった桂木が頷いてくる。

 その表情を見て、俺は少しだけ安堵しつつ桂木と別れ――、タクシーをチャーターした上で鳩羽村へと戻った。


「先輩っ! お帰りなさい!」


 旅館に到着したところで、駐車場でウロウロしていた佐々木が近寄ってくるが――、俺は佐々木の額に手を当てながら接近を拒む。


「お前、ずっと駐車場で待っていたのか?」

「――え? あ、はい……」


 まったく、こいつは……。


「新人のマニュアルはどうなっているんだ?」

「お母さんに任せました!」

「お前も少しは仕事をしろ!」



  

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