第237話 情事と事情(3)
「あら、おかえりなさい」
旅館に入ったところで、佐々木の母親である香苗さんが受付に入っており、俺に気が付くと近づいてくる。
「すいません、昨日は帰れずに――」
「いいのよ? それよりも、娘は納得したのかしら?」
「お母さん!」
どうやら香苗さんは、駐車場での一連での出来事を見ていたようだな。
内心、溜息をつきつつ、
「少し時間は大丈夫ですか? これからのことを話したいと思うのですが――」
「ええ、いいわよ。望もそれでいいわね?」
どうやら、話し合いの場に佐々木も同席するようだ。
まぁ、別に聞かれて不味いことはないから問題ないが。
すぐに、香苗さんに案内されるように通路突き当りの関係者立ち入りのスタッフルームへと向かう。
「そこに腰かけておいてね」
香苗さんが、室内の給湯器からお湯を出したあとお茶を入れ、人数分をテーブルの上に置く。
その様子を座りながら横目で見ていると、
「先輩」
「ん?」
「先輩って、私よりお母さんがいいの?」
「どうしてだ?」
「だって、お母さんの方ばかり見ているから……」
「あらら、私の方が好みだったりするわけ? でも、ごめんなさいね。さすがに、娘の彼氏を奪うつもりはないから」
「奪うつもりも奪われるつもりもないので」
まったく、この母娘は何を言っているのか……、さっさと話を薦めた方がいいな。
出されたお茶を一口飲んだあと、
「まず鳩羽村交通との交渉は上手くいきました。路線バスを増やしてくれるように手筈は整えましたので、それで松阪市内からの交通経路は確保できます」
「本当に!?」
半信半疑と言った様子で香苗さんは再度、確認してくるが、それに対して俺は頷き返す。
「一応、一時間に2本の運行をお願いしています」
「そんなに!? 今って、3時間に一本で……、一日5本だから……」
「実際には、24時間稼働してもらう事になるので一日で48本のバスが行き来することになります。旅館のスタッフに仕事を教える以上、8時間の3交代制という形で考えていますので――。それと鳩羽村内にスタッフの宿泊施設が確保できない事も鑑みて24時間での稼働は必須かと思いましたので」
「先輩、それって鳩羽村交通の光方さんだけでは……」
「そこらへんは、年収1000万円でバスの運転手を募集する事にした。それまでは臨時に千城台交通の富田さんに人の手配をお願いする予定だ。一応、了承は受けているからな」
まぁ、実際はそれなりの手間賃を払うと言ってお願いしたわけだが……。
「それって相原さんとかも?」
「もちろん! ベテランの運転手を遊ばせておくほど暇じゃないと、富田さんから申し出てくれた」
「そ、そうなんですか……」
佐々木が、神妙に頷く。
そして、テーブルを挟んだ椅子に座っている香苗さんは――、「それで、そのお金は何処から出されるのですか?」と、真剣な面持ちで聞いてくる。
「もちろん、全額! 自分が負担しますのでお気になさらずに」
「気にします! この旅館の為に、山岸さんはご自分の資産を使っているのですよね?」
「まぁ、そうですが……」
「それなら、私にも――」
彼女が、銀行口座預金の通帳をテーブルの上に出してくるが――、俺は、それを受け取るつもりは毛頭ない。
「それは旅館の運営資金ですよね?」
「そうですけど……」
「今回の問題は、すべて自分の喧嘩なので資金提供はしなくていいです」
「ですけど!」
気が治まらないのか香苗さんは納得しない。
――なら、適度に何かしらの役割を示唆した方がいいだろう。
「香苗さん、もう少しすれば女中の見習いなどがたくさん来ることになっています。その教育とマニュアル作成をきちんとしておいてくれますか? そっちの方が大変だと思いますので」
「それは、やっていますけど……」
「香苗さん、旅館の仕事で今回来る人達は、旅館に関しては素人です。その方たちに分かるように資料を作ることは大変だと思います」
「え、ええ……」
「自分が香苗さんにお願いしたいのは資金提供ではなく、職場――、旅館という場所の営業方針とマニュアルの作成です。あと3日くらいで見習いが来ると思いますので、それまでにマニュアルの作成だけでもお願いします」
「あと3日ですか!?」
「はい。こちらのメールを見てください」
「これって……」
香苗さんのノートパソコンの画面に表示されているメール内容には、旅館見習いの為の人員が集まったと書かれていた。
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