第214話 交渉事と宣戦布告(4)

「ほう? それは如何なる理由でか?」

「何、簡単なことだ。金持ちってのは何らかの所有物を持ちたがる物なんだろう? 絵画しかり宝石しかり権力しかり……、つまりそういうことだ」

「なるほど……」


 雄三が茶を立てていた手を止める。


「――で。君は、道楽の為に旅館が欲しい……、そういう事でいいのか?」

「そんな所だな」


 俺は肩を竦めながら答える。

 本当のことをコイツに告げる義理もないからな。


「君は、佐々木親子を助ける為に旅館を購入すると――、そう考えていると儂は思っているのだが?」

「冗談だろう。経営不振に陥るか否かは、そいつの采配であっても俺のせいではない。他人を助ける為に使う金はないな」

「即答か……。くくくっ……、これは愉快! 本当に愉快だ!」

「愉快でもなんでもいい。俺に売るのか売らないのかどっちなんだ?」

「そうだな。佐々木親子から幾らならと聞いているか?」

「ああ、知らなければ商談はしないからな」

「そうだな。だが――、5億というのは身内に売る価格になる」

「何?」

「君は部外者の人間だ。もし、君に売るのなら10億は用意してもらわないとな……」

「なるほど10億だな?」

「そうだが、君が競馬で稼いだお金はせいぜい7億ほど。とても10億には届かないと思うのだが……」

「それは、俺には売らないという前提条件ってことか?」


 一応、確認しておくとしよう。

 本当に俺に売らないのかどうかを――。


「いや、この佐々木雄三。10億を用意してもらえさせすれば旅館『捧木』の土地・建物を全て君に売ろうではないか。もちろん期限は付けさせてもらう。どうだ?」

「それは絶対か?」

「もちろんだ。嘘は言わない。儂は、商談では嘘をついたことはない」

「なるほど……、なら商談は成立だな」

「なに?」

 

 アイテムボックスから、四次元な赤薔薇のポーチを1個、ズボンのポケットの中に転送。

 そして、あたかもポケットからポーチを取り出したかのように見せつつ、ポーチの中から、四次元手提げ袋と四次元な赤薔薇のポーチを次々と取り出す。


「――な!? そ、それは!?」

「俗に言うアイテムボックスって奴だ」


 そこで初めて雄三が動揺する。

 そんな姿を視界の隅で確認しながらもポーチの中からアタッシュケースを10個取り出し畳の上に積み上げていく。


「これで丁度、10億だ。これで旅館『捧木』の土地・建物等、全ての権利を売ってくれるんだろう?」

「――くっ! そ、それは……」

「約束したよな?」

「――ッ」

「なんだったけか……、たしか「儂は、商談では嘘をついたことはない」とか……。まさか、約束しておいて、それは出来ないとか言っちゃう系なのか? ――ん?」

「…………わ、わかった……。萬!」

「はい。どうかしましたか?」

「すぐに旅館『捧木』の売却に必要な書類を持って参れ」

「――そ、それは!?」

「早くせんか!」

「は、はい!」


 慌てて萬が茶室の外から離れていくのが分かる。

 

「やってくれたの。小僧……」

「別に何もしていない。既定路線だ」

「既定路線だと?」

「ああ、それと言っておくが佐々木親子は、今回の旅館『捧木』の買収には関係ない」

「何!? 関係ないだと!?」

「そうだ。お前が、俺に喧嘩を売った。だから喧嘩を買った」

「どういう意味だ!? 儂が、貴様に喧嘩を売っただと!?」


 まったく心当たりがないと言った表情で俺を睨みつけてくるが――。


「お前は、さっき言ったよな? 牛丼は庶民が食べるものだと――。そして、牛丼を作るために松阪牛を使うことは松阪牛に対する侮蔑だと――。そして低俗な食だと――」

「それが何かあるのか……?」

「一言を言っておいてやろう。地球の――、いや宇宙の真理とも言えることだ――」


 俺は一呼吸置く。


「貴様は、本当の牛丼の味を知らない。まだ見果てぬ牛丼を、知らないからこそ、そのような世迷言を口にすることが出来る! そして、貴様は牛丼を侮辱した! それだけで、俺が戦う理由は十分だ! 貴様が何を考えているのか何をしようとしているのか何を画策しようとしているのか、そんなのは俺には関係ない! 俺が敵として認定した以上、貴様は絶対に許さない!」

「……つまり、お前は……、牛丼という物の為に――、儂に喧嘩を売るためだけに10億ものお金を使ったということか……」

「ふっ――、10億など牛丼界を背負う(自称)俺としては小銭のようなものだ」

「り、理解できん……」

「長老、お持ちしました」


 ――開いた口が塞がらない状態の雄三は、萬の言葉に反応すらできない。


「まぁいい。貴様には一生理解できない高次元の話だからな」


 俺は萬から書類一式を手に取ると正門から出た。

 誰にも邪魔されない事は不思議だったが、まぁ俺のことを舐めているようだし敵ではないと踏んでいるのかも知れないな。





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