第189話 佐々木望(4)

「本当は……。――私、ダンジョン内で撃たれた時に自覚していたの」


 隣で寝ている山岸さんの寝顔を見ながら独白してしまう。

 彼には絶対に伝えられない言葉。


「あの時にね、私は自分が死ぬって事を理解してしまっていたの。そして受け入れていたの。だって、私が死ねば貴方に迷惑は掛からないって思ってしまったから。お母さんだって、私が居なくなれば鳩羽村から出て行く事だって出来るかも知れない。だから、本当は――、あの時に死ねるって思った時に『よかった』って思ったの」


 紡いでいる言葉が、どれだけ後ろ向きなのか分かっている。

 だけど……、それでも……、どうしようもできない――、頑張ってもどうにもできない。

 だったら――。


「そのまま消えてしまってもいいと思ったの」


 口から出てくる言葉。

 身勝手に誰かを巻き込んで、お母さんにも迷惑を掛けて――、自分が生きてきて良かったと思えたことなんて何一つ無かった。

 だから、本当は生きたいなんて思ってもみなかった。


 ――その事が、レムリア帝国のスパイをしていた人が携帯していた拳銃に撃たれた時――、腹部に痛みを感じて膝から崩れ落ちて倒れた時に分かってしまった。


「……でも、奇跡的に私は何一つ怪我がない状態で目を覚ますことができたわ。――でも、教えてもらったの。狂乱の神霊樹さんに……、山岸直人さんが助けてくれたってことを……」


 ――そう。

 貝塚ダンジョンの時だけじゃない。

 彼を頼って初めて――、直人さんのマンションに来て助けてもらった時も……。

 海ほたるで核ミサイルから助けてくれた時も。

 ……そして、上落ち村で彼が駆けつけて助けてくれた時も……。 


「私は、いつも貴方に助けてもらっているわ」


 どれだけ感謝をしてもしきれない。

 それに、狂乱の神霊樹は『山岸直人さんが、貝塚ダンジョンを攻略しなかったのは、私に攻略させるためだったのかもしれない』と、言っていた。


 今まで長い時を、狂乱の神霊樹さんは生きてきてダンジョンを管理してきたけど、深部まで来た癖に攻略をせずに帰った人間など一人も居なかったと言っていた。


 ――でも、私に攻略させることで力を付けさせようとしたのが狙いなら……、それは強(あなが)ち間違いではないと……。


「本当は……、何もかも最初から知っていたのですよね?」 


 世界中の軍事衛星にハッキング出来るほどの事ができるほどの事が出来るなら――、それだけの腕があるのなら私が抱えている――、私を取り巻いている事を知っていてもおかしくはない。


 そして――。

 その理由も……。

 その力も……。


 狂乱の神霊樹さんは、祝の器としての力だと教えてくれた。

 でも……、一つだけ気がかりな事を私が契約していた狂乱の神霊樹さんは注意してきた。


 山岸直人さんは、此岸と彼岸の間に存在していて存在が確定していない事。

 つまり――、彼は、この世に未練があるから存在していると。


「……」


 未練が無くなってしまったら、山岸直人さんは消えてしまう。

 それは、彼の存在が人々の記憶から一時的に消えていたことにも起因すると、狂乱の神霊樹さんは言っていた。

 だから……、彼は何かしらの事情があって――、この世界に存在している。


 ――そう。

 言い方を変えれば、私達を襲ってきた国津神と同じように実体は無いけど現世に顕現してきた。

 俄かには信じられない内容で――、普通に聞くだけなら一笑に付した内容なのかも知れない。


 ――だけど……、上落ち村で見た光景を思い浮かべると嘘とは言えない。


 それに大規模な崩落事故に巻き込まれて山岸直人さんは実際に死んでいる。

 狂乱の神霊樹さんが語った内容や推測は全部間違っているなんて、とてもじゃないけど言えない。


 ――そして狂乱の神霊樹さんは言っていた。


 山岸直人さんが、この世界に顕現しているのは行う事があるからだと……。

 だからこそ、時間を稼ぐと――。

 そして、狂乱の神霊樹さんは――、山岸直人さんに不必要な情報を与える前に、私達を襲ってきた国津神にわざと殺された。


 そして彼女は言った……、星の迷宮に捉われている名も無き神々(同胞)を――、ダンジョンを攻略して解放してほしいと。


 そして最後に、山岸直人さんを現世にとどまらせる為には、何か心残りになるモノがあれば良いと……、そう言って消えた。


「心残り……」


 彼のお腹に手を当てる。

 最初に出会った時とは違ってぷにぷに感がまったくないのは、少し残念に思えてしまう。


「やっぱり心残りって言ったら……」


 一つしか思いつかない。

 子供が出来たら――、彼の最大の心残りになるのでは……?



 

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