第162話 藤堂の思惑 第三者視点

「藤堂さん」

「どうしたの?」


 山岸が部屋から出ていったあと、しばらくしてから江原は静まり帰った空気の中、口を開く。


「あの……、どうして山岸さんに本当の事を言わなかったんですか?」

「…………」


 江原としては、情報交換という名目上、上落ち村で起きた出来事や山岸直人の妹が生きているという話を藤堂が行わなかったことに、幾分が疑問を抱いていた。

 

「そうね。たしかに山岸さんの妹さんが生きているかも知れない。――その情報は、いつかは山岸さんに伝わるわよね……、――でもね、それは私達の口からは言わない方がいいと思うの」

「どうしてですか?」


 江原には、山岸直人が上落ち村の太陽光発電施設に賛成していたという事を藤堂は話してはいない。


「何となくよ」


 言葉を濁すことしか江原にはできない。

 

 何故なら、彼女は立場上部外者でもあるからだ。

 日本ダンジョン探索者協会に所属している江原は、大別すれば日本国陸上自衛隊に所属している事になるが、立場上はあくまでも半官半民の第三セクター扱いなのだ。

 つまり、完全な公僕では無いという事になる。


 ――そして藤堂は、陸上自衛隊そして内閣情報調査室にまで所属していた生粋の軍人。


 保有している情報の重要さがまったく異なる。

 それを民間人に言うのは、規定上問題ともなりうるのだ。


 ……そして、彼女が山岸直人を調べる前に渡された資料。

 そこには、こう書かれていた。

 山岸直人の就職している企業は情報通信会社に偏っていると言う事。

 その資料は、藤堂から見てもかなり信憑性が高いと思っていた。

 何故なら、元・上官でもあった山根陸上自衛隊2等陸尉は、手段こそ選ばないが諜報員には必要な情報を正確な形で渡してきていたからだ。


「何となくですか?」


 藤堂の含みのある言葉に、表情を険しくする江原。

 彼女も、一昨日から起きている海ほたるから続く一連の事件で精神的にかなり参っていたこともあり、含みのある言葉で煙を巻こうとしている藤堂に苛立ちを覚えたのであった。

 

 ――そして、そんな江原の様子に藤堂は気が付く。


「山岸さんは、上落ち村に居たことを覚えていなかったわよね?」


 藤堂は頭の中で――、江原に真実を伏せて説得するために考えながら言葉を紡いだ。


「……はい。でも――」

「佐々木さんも、江原さんも知っていると思うけど、山岸さんは上落ち村で発生した大規模な崖崩れで死んだことになっているの。その事は覚えているわよね?」

「はい……」

「――なら、いたずらに場を乱すような発言はしない方がいいと私は思うの。だって、もし山岸さんが、自分は死んでいたという事実を知ったらかならず動揺すると思うもの」

「それは、そうですけど……」


 腑に落ちない江原に、藤堂は心の中で溜息つく。


「江原さん。仮に――、仮にだけど! もし、山岸さんが死者だった場合、私達が山岸さんは、すでに死んでいると伝えたとしましょう。それで彼が消えたら……、私達の前から本当に消えたらどうするの?」

「――え?」


 目を大きく見開き江原は問われた内容を反芻しながら考える。


「消えるのは駄目です……。だって!」

「つまり、そういう事。私達が黙って少しでも彼に真実を知らせない。それが、今の私達にできる一番の方法なの。彼を――、直人さんを守るのは私達しかいないのだから」

「……山岸さんを守る一つの方法……」

「だから、上落ち村で起きた出来事は絶対に教えたらダメ! 分かった?」

「は、はい……。あっ! で、でも! 富田さんには!?」

「江原さんの方から口止めしておいて」

「分かりました」


 江原は頷くと携帯電話を取り出して富田へと電話を始める。

 そんな彼女を見ながらも藤堂は考えてしまう。


 それは……。


 ――彼女だけが知っていること。


 山岸直人は、上落ち村で起きた大規模な村を壊滅させるほどの土砂崩れの原因を調べていたということ。

 そして……、原因が太陽光発電施設の建設であった。

 そこまでは知られてもいい。

 問題は、村を壊滅させた土砂崩れの原因となった施設建設の賛成派の代表だったのが山岸直人だということで、このことを彼女は口が裂けても言える訳がなかった。


 その事情を、もし! 山岸直人が知ったら? そこまで考えた時点で、藤堂は絶対に上落ち村での出来事は口にすることはできなかった。

 もし、彼が知ってしまったら、どうなってしまうのか想像もつかなかったから。




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