第131話 はふりの器(30)第三者視点
「夢とは、どういう事でしょうか?」
鏡花が、居間から出ていったあとに言葉を紡いだのは江原であった。
「決まっているのじゃ」
答えたのは狂乱の神霊樹。
「ここは、彼岸と此岸の狭間だと奴は言っておった。つまり――、生死の境界線。人は死ねば、どうなるかは分かっておらん。ただ――、古来より人間は神を生み出してきた。それは、人には夢を見るという機能が備わっておるからじゃ。夢は、精神世界の在り方を呈してきていると言ってもよい。つまり……、山岸直人が望んだ世界であると同時に――」
「山岸鏡花さんが求めた世界でもあると?」
狂乱の神霊樹の言葉に疑問を投げかけたのは藤堂。
「うむ。問題は、山岸にはこの世界が彼岸と此岸の狭間に存在している世界だという認識がないことじゃ」
「それなら認識させれば?」
「江原よ。鏡花という者は言っておったじゃろう? この世界の歯車は動くことはないと――」
「うん……」
「それは、同じ時を巡り続けるという意味だと我は思っているのじゃ」
「――ですが我々が外に出る分には、支障は無いと、彼女は言っていましたよね?」
富田の言葉に全員が頷く。
畳の上に降り立った狂乱の神霊樹は、畳の上で座ったあと足を延ばすと。
「外に出ることは出来るのじゃ。問題は、外に出たら奴に狙われることになるのじゃ」
「あの刀を扱う襲撃者のことですか? あれと戦って勝つことは出来ないのですか?」
「富田よ、それは無理な相談じゃ。奴は、信仰心が存在する正真正銘の神。おそらく山岸直人が万全の状態であっても勝つことはできないじゃ」
「先輩が万全の状態でも?」
「マスターよ。そもそも存在している次元の領域が違うのじゃ。神の領域で戦うことが出来るのは、神たる力を持つ者のみ。神を降臨させる事で一時的に神事の真似ごとが出来る祝の器では無理じゃ」
「祝の器って……、結局のところ何なのですか! どうして、こんな訳の分からないことになっているんですか?」
「マスター。祝の器というのは、概念的存在である神の力を、その命と引き換えにして己の身に降臨させることで扱う者の尊称に過ぎないのじゃ」
「――なら、この世界があるのは……」
「うむ。神というのは――、死という確実な滅びと生という確たる存在。その合間の此岸と彼岸の間に存在する曖昧にして概念的な存在であり、それらが存在出来る場所こそが時の巡りが停止した世界であり、このような凍てついた世界なのじゃ。本来なら社の境内などが、それにあたるのじゃ」
「それじゃ……、ここは……」
「鏡花という女も言っておったじゃろう? ここは、祝の器のみが入れる世界だと――。この村全体が境内であり概念的存在となっている山岸直人と山岸鏡花を存在させている場所でもあると我が考えておるのじゃ」
「それじゃ、ここが無くなれば……」
「――普通の神なら消滅する。何故なら、社がない――、そして信仰されない神というのは我のように無名の神になり消えるだけじゃからな。じゃが――、問題は、山岸直人じゃ。奴は祝の器じゃと我は思っておる。――なら、どうして一部の人間の記憶から奴の存在が消えた? そして、祝の器程度の力で、どうして本来なら神が存在するはずの世界にお主らが立ち入れるだけの祝福を与えることが出来た? 我は、そこに――、この世界を解き明かす鍵があると思っているのじゃ」
「鍵ですか? それって、やはり上落ち村が消えた事件の事でしょうか?」
「うむ。そのとおりじゃ。藤堂――、明日は、神堕神社についても我と一緒に調べにいくのじゃ。マスターは、他のメンバーと、ここに滞在するのじゃ」
「――どうして私が!?」
「マスター、他の者は戦う力を持たないのじゃ。鏡花という者が強硬手段に出てきた場合、戦う術をもたん者がどうなるかくらいは想像がつくと思うのじゃ」
「――っ!?」
しぶしぶと言った表情で佐々木は頷いた。
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