第106話 はふりの器(5)第三者視点

 静まり返った室内に残された3人は、誰も言葉を発しようとしなかった。

 正確には起きた事実を理解出来なかったという方が正しい。


 それほどまでに、楠や小野平防衛大臣が語った話の内容と言うのは衝撃が大きすぎた。

 

「日本国政府は、どういう腹積もりなのでしょうか?」


 最初に、言葉を口にしたのは元・日本ダンジョン探索者協会に所属していた江原萌絵であった。

 そんな彼女の言葉は、誰かに伝えるという明確な物ではなく自分自身に語り掛けるような内容であったが、その言葉に答えたのは藤堂茜であった。


「分からないわ。唯一つ、言えることは……、日本国政府どころか高レベルである楠(くすのき) 大和(やまと)さんすら、山岸さんを覚えていないってこと」

「それって……」

「分からないわ。でも、私や、江原さん、そして佐々木さんが山岸さんの事を覚えているという事は、山岸さんが居なかったという証拠にはならないと思うの。何かしらの力が働いて山岸さんの存在が忘れられている可能性があるわ。佐々木さんは、どう思うの?」

「…………私は、先輩は居たと思う。だけど……」

「だけど何なの?」

「わたし……、よく考えたら――、先輩のことを何も知らないって……、教えてもらっていなかったって思って……」


 佐々木が、座ったままスカートを両手で握りしめながら涙声で呟く。

 そんな彼女の様子に――。


「望さんは、何でも好きな人の事を知っているって思っていたんですか? 誰でも隠し事の一つや二つはあるのに! 私だって、それに誰にだって人に言えないことはあると思うんです」

「……え……、江原さん?」

「私だって、山岸さんのことは何も知りません。たしかに山岸さんは、人から一歩引いたような――、どこか遠くを見ているような感じでしたけど、山岸さんは、誰よりも! 誰かの為に行動してきました。それが、私達の知る彼の在り方だと私は思うんです。千葉都市モノレールの復旧だって、その為の資金集めだって本来なら彼は、レムリア帝国のテロリストに襲われた被害者で……、そのテロリストを倒した結果、千葉都市モノレールが壊れたのも彼には本来は関係のないはずです! だって、それは日本ダンジョン探索者協会と国が何とかしないといけないことだから!」

「…………」

「望さんは、山岸さんの過去を話されないと納得できないんですか? 私は、彼に話を聞いた時に思いました。彼の行動は、誰かの大事な物、大切な物を守るための行動だと――。それは誰かの願いを叶えているようだと」

「江原さん……」


 江原の言葉に藤堂は、佐々木を見る。


「佐々木さん。江原さんの言う通り悲嘆に暮れるのは、いつでもできます。でも、今を! 現実を見て、どう動くのかを決めるのは、今! ここに居る私達にしか出来ないことです」

「なかなか良い事をいうのじゃ!」

「「え?」」


 江原と藤堂の言葉に言葉を返したのは佐々木ではなく、彼女の長く艶のある黒髪の中から現れた狂乱の神霊樹であった。


「マスターはな、拗ねているんじゃよ。お主らには説明をしたのに、長年と言っても数か月くらい先に会った思い人から何も知らされていなかったことに」

「え、えっと……、あなたは?」


 江原に話かけられた狂乱の神霊樹は、口を開く。


「我は、狂乱の神霊樹、666の星の迷宮の一つを管理する名を剥奪されし御霊にして魔王。そこの佐々木望との契約を交わした使い魔じゃ!」

「――それって、貝塚ダンジョンの?」


 狂乱の神霊樹の言葉に問いかけたのは、藤堂茜であった。


「そうじゃ! 本来は、貝塚ダンジョンを踏破したのは山岸直人であったのじゃ! それなのに、あの者は我を無視しおって!」


 佐々木の肩の上で地団太を踏む狂乱の神霊樹。

 その様子を見て、江原は首を傾げる。


「それじゃ、貝塚ダンジョンを攻略したのって山岸さんなのですか?」

「うむ。あの男は踏破には興味はなかったようだったのじゃがな。必要な物を手に入れると、さっさと帰りよったのじゃ!」

「山岸さんが、必要だったもの?」

「ポーションが無限に汲みだせる樽じゃな」

「そんなものが!?」


 江原ではなく藤堂が驚きの声を上げる。


「まぁ、それはよいとしておいて……、山岸直人のことじゃが――、3人とも心して聞くがよい。やつは、我の推測が正しければ、おそらくじゃが――、【祝の器】じゃ」

 




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