第103話 はふりの器(2)第三者視点

 ――法務省東京矯正管区の拘置所


 その一室に、レムリア帝国の四聖魔刃の一人クーシャン・ベルニカが、ダンジョンから産出された高硬度の拘束衣を着せられ収容されていた。

 そして、そのクーシャン・ベルニカの部屋には一人の男が訪ねてきており。


「レムリア帝国のクーシャン・ベルニカだな?」

「日本国官房長官 時貞 守か」

「こちらの質問に答えてもらおうか?」

「答えるも何も、ナノチューブを超える強度を持つオレイカルコスとチタニウムを合成したオレイニウムの拘束衣を使っているんだから、確信しているんだろう?」


 挑発ともとれる言葉に官房長官である時貞は冷静に務めながらも言葉を紡ぐ。


「なら、貴様は自分がレムリア帝国に属するクーシャン・ベルニカだと認めるわけだな?」

「やれやれ――、そんな……、ありふれた質問に答えたところで何かあるのか?」

「――ッ!?」


 あまりにも尊大な言葉の返しに、時貞の眉間に皺が寄る。


「お前が、どのような態度だろうと、その拘束衣に拘束されている限りは――」


 目の前の男――、クーシャン・ベルニカを拘束している衣服。

 それには、1グラム100万円を超えるオレイカルコスと希少金属であるチタンを合成した新金属オレイニウムが利用されている。

 密度はアルミの半分程度であるが、最大引張強度は鋼の100倍、高電流密度耐性は2000倍、熱伝導性は鋼の20倍というカーボンナノチューブの倍の性能を持つ。

 それらがキロ単位で使われている拘束衣をどうにか出来る人間は理論的には存在しないとされている。


「そんなことはどうでもいい。時貞、お前に聞きたいことがある」

「クーシャン・ベルニカ、貴様に質問する権利があるとでも?」


 時貞の言葉に、クーシャン・ベルニカは溜息をつく。


「貴様ら、権力者は……、まだ時代の流れが読めていないのか?」

「どういうことだ?」


 時貞の疑問に答えるかのように――、「デュランダル!」と、クーシャン・ベルニカが叫ぶ――。

 それと同時に、クーシャン・ベルニカの頭上に青白い刀身を持つ両刃の刃渡り1メートルほどのブロードソードが出現すると同時に、クーシャン・ベルニカの拘束衣を切り裂いた。


「――なっ!? ――グハッ!?」


 拘束衣が千切れ飛ぶと共に、クーシャン・ベルニカは時貞に近づき、その首を片手で掴むと同時に、時貞の体を壁に叩きつけた。

 

 ――それも、常人を遥かに超える力で。


「ほう、やはり基礎レベルは上げているのか……。だが、ステータスの方は何も弄ってはいないようだな」

「何の……、話をしている……」

「貴様らには関係のないことだ。それより理解したか? この世界軸では、以前のように貴様ら無能な政治家や権力者が我が物のようにのさばる事が出来ないということに」

「……この世界軸? 以前? 何のはなしを……」

「なるほど。夏目め、側近にも話をしていないということか」


 クーシャン・ベルニカは一人納得すると、時貞の首から手を離す。


「さて、話は変わるが――。時貞、貴様も官房長官なのだから、日本ダンジョン探索者協会に所属しているピーナッツマンの事は知っているな?」

「……それを聞いてどうする?」

「決まっているだろう? アイツは、この俺に手傷を負わせた奴だ。中には誰が入っている?」

「それは……」


 言い淀む時貞の襟元を、クーシャン・ベルニカは掴むと持ち上げる。


「――さ、佐々木――、佐々木望が……」

「佐々木? この世界軸では、貝塚ダンジョンを最初に攻略した女か?」

「――そ、そうだ……」

「そいつはおかしいな」

「どういうことだ……」

「ダンジョンを一つ攻略した所で得られる経験なんてたかが知れている。それなのに、ピーナッツマンは俺を圧倒した。中に入っていたのは佐々木望ではない」

「なん……だと……」

「ちっ――」


 時貞の返答に苛立ちを滲ませながら、興味を完全に失ったのか男は、そのまま部屋に椅子に座り足を組む。


「はぁはぁはぁ……、私を殺さないのか?」

「貴様らを殺す許可は貰っていない。そもそも、俺達の目的は別にあるからな」

「別だと?」

「貴様に言う必要はないな」


 話が一段落したところで――、拘置所の建物全体が揺れる。


「じ、地震か?」

「――いや、こいつは……」


 椅子に座りながらクーシャン・ベルニカは口角を歪ませると。


「時貞、時間だ。また、会おう。夏目にも、近いうちに相まみえるときがあると伝えておけよ?」

「――な!? ふざけるな! ここには1000人近いB級ランク以上の冒険者が――」

「B級? 冗談だろう? 蟻が象の進撃を抑えられるとでも?」


 話の途中で部屋の壁が粉々に吹き飛ぶ。

 煙の中から現れたのは、銀色の髪を三つ編みに編み込んだ齢にして20歳そこそこの女性。

 その右手には、白く輝く三又に分かれた槍を持っている。

 女性は、時貞とクーシャン・ベルニカを見たあと――。


「田中、すぐに撤収をするぞ――」

「俺を本名で呼ぶなと言っているだろう!」

「クーシャン・ベルニカなど中二病のような名前をつける貴様が悪い。さっさと撤収しろとの命令だ」

「――チッ。そういうわけだ、時貞。また機会が会ったら――な」

「待て! こんなことをして国際社会で、どうなるのか分かっているのか!」

「さあな」


 それだけをクーシャン・ベルニカは返すと銀色の髪をした女性と悠然とその場から去った。

 二人は、東京拘置所から少し離れたビルの屋上に移動する。


「田中、貴様が捕まるとは思わなかったぞ?」

「わざと捕まっただけだ」

「ふん、慢心が招いただけだろうに――」

「マヨイ。相変わらず、お前は辛辣だな」

「当たり前だ。貴様と違って、私は任務を遂行していたからな」

「それで、目的の物は?」

「神棟木(かみむなぎ)は見つからなかった」

「そうか……、どう云う物かすら分かってはいないから仕方ないな」

「そうなる。それより、わざと捕まったと聞いたが、例の海ほたるの件が関与しているのか?」

「そうだな」

「そういえば、海ほたるでは、【牛丼フェア】がやっていたと聞いたが? それで、捕まったという落ちか?」

「そんな馬鹿なことはしない! ただ――」

「ただ……?」


 何気なく問いかけたマヨイに、田中は浮かない表情で口を開く。


「山岸直人と会った」


 田中の、その言葉にマヨイと呼ばれた女性の目が大きく見開かれる。

 手に持っていた槍を落とすと数歩下がったあとに、その場に崩れ落ちると口元に手を持っていくと、先ほどまでの威圧感ある声色ではなく――。


「――え? お、おにいちゃんと……? ど、どうして……、この世界軸ではお兄ちゃんは存在しないはずなのに」


 ――と、多分に動揺を含んだ声色で言葉を紡いだ。 


 

 


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