第六章

第102話 はふりの器(1)第三者視点

 ――新宿アルタ前。


 日付は2024年12月31日、午後11時過ぎ。

 大勢の人が、年末・年始を祝うために集まってきていた。


 本来であるなら、アルタビジョンにも新宿アルタ前に集まってきている人々を映した映像が流れている時間帯でもあった。

 

 誰もが、年末年始を普段どおり迎えられると思っており、平和というのは常に身近にあるものだと思って疑っていない。

 そんな彼らが視線を向けるアルタビジョンは唐突にまったく違う画面を表示させた。

 誰もが、アルタビジョンに表示された内容に驚きを隠せずに目を見開く。


「なんだよ……、これ……」


 頭上の巨大なモニターに表示されたニュースのテロップを見た学生が信じられないと言った表情で呟くと、周りからも。


「――え? 嘘でしょ?」

「冗談だよね?」

「核ミサイル?」


 次々と声が上がっていく。

 ただ、その声には緊張感など、まったく垣間見ることが出来なかった。

 そんな彼らは、アルタビジョンのニュースキャスターが流すニュースに耳を向ける。




 ――こちら、報道担当の中川です。

 ――現在、海ほたるから距離にして5キロの上空にきております。

 ――日本国政府は、1時間前に発生した海上の巨大な爆発は核爆弾によるものだと正式に発表しました。

 ――主犯格の男はレムリア帝国の四聖魔刃の一人クーシャン・ベルニカであり、現在は拘束中だと言う事です。

 ――アメリカ第7艦隊を壊滅させ国際指名手配になっていたクーシャン・ベルニカを倒したのは、先日に貝塚ダンジョンを攻略した佐々木望だと言う事です。

 ――幸いな事に、【海ほたる】に集まってきていた見物客と関係者は怪我を負っておらず、死傷者はゼロということです。




 報道ニュースがアルタビジョンから流れると同時に、緊張感に包まれていたアルタ広場には安堵の空気が流れる。

 



 ――尚、東京湾アクアラインは、レムリア帝国からのテロ行為により甚大な被害を受けており復旧には早くても数か月は掛かると見られています。


 


 人的被害が出ていないというニュースのあとに流れる復旧のニュース。

 ほとんど使われていないアクアラインの復旧が数か月ならと、誰もが胸をなでおろしていた。




 ――木更津駐屯地。


 駐屯地内の建物の一室には佐々木望・藤堂・江原が通されており待たされていた。

 10分ほどして、部屋に入ってきたのは小野平防衛大臣――、そして楠(くすのき) 大和(やまと)であった。


「楠さん!」


 部屋に入ってきた楠に江原が詰め寄る。


「どうかしたのか? そんなに血相を変えて――」


 顔色を変えて詰め寄る江原に、楠は驚きの表情を見せながらも極度に近寄らないようにと――、江原の肩に手を置いて落ち着かせようとする。


「どうかしたも何も! まだ山岸さんが見つかってないんです!」

「山岸?」


 江原の言葉に、楠という男は首をかしげる。

 楠としては、山岸と言う名にまったく心当たりがないのだ。


「まぁ、落ち着きなさい。3人とも――」


 小野平防衛大臣の言葉に、藤堂・江原・佐々木は不服に思いながらもソファーに腰を下ろす。

 すると、それを見計らったようにコーヒーが5人分運ばれてくる。


「まずは飲み物でも飲んで気持ちを落ち着かせようじゃないか」


 小野平防衛大臣は、3人が――、テロリストと米軍と戦って気持ちが高ぶっているのだと推測しコーヒーを勧めると自身も口をつける。


「――さて、今回のことは他言無用にしてもらいたい。その代わり、君たちには便宜を図りたい」


 開口一言目に、小野平防衛大臣が告げる。


「便宜というのはどういうことでしょうか?」


 佐々木の言葉に、小野平防衛大臣は咳をする。


「江原君、君が行おうとしている事は、こちらの方でも把握は出来ている」

「どういうことでしょうか?」


 まったく身に覚えのない言葉に江原は疑問を浮かべるが――。


「君が、日本ダンジョンツアーの引率をしていたという話は聞いている」


 その言葉に、佐々木・江原・藤堂が首を傾げる。

 何を言いたいのか理解が出来ないからだ。


「たしかにレムリア帝国のテロリストが貝塚ダンジョンに入ったのは日本ダンジョン探索者協会の落ち度だと思う。だが、君が責任を感じて、千葉都市モノレールを再建する必要まではないと言いたい」

「「「――え?」」」


 小野平防衛大臣の言葉に3人の声が重なる。

 そんな彼女らの様子を差し置いて小野平防衛大臣は言葉を紡ぐ。


「日本国政府としては、佐々木君から受けた提案――、貝塚ダンジョンの所有権を日本国政府に販売するという打診にしたがって200億円を佐々木君に支払うということになった。佐々木君と江原君は千葉都市モノレールの復旧を考えていると藤堂君から聞いている。それだけの資金があれば路線の復旧はすぐだろう?」

「佐々木さん、どういうことですか?」と江原。

「分からないわ。まったく理解が――」と佐々木。

「しかし、佐々木君。君が自衛隊と日本ダンジョン探索者協会を辞めると発言していたという報告を受けた時は驚いた」


 語る小野平防衛大臣。


「私は、たしかに言いました」

「分かっている。着ぐるみを着てまで君は市民を守ったということくらいは。ボイスチェンジャーまで使っていたと避難民は君に感謝していた。しかし、まさか――、君のような女性が戦隊ヒーロー物に興味があるとは思わなかったよ。ピーナッツマンだったかな?」

「……まっ……待ってください!」


 小野平防衛大臣の言葉を止めたのは藤堂。


「どうかしたのかね? 藤堂君」

「ピーナッツマンは、山岸さんがしてました! 佐々木さんじゃありません!」


 藤堂の言葉に眉間に皺を寄せる小野平。


「さっきから山岸と言っているが誰なんだね? そんな名前を私は聞いたことがないが? 楠くんは知っているかね?」

「――いえ、私も……、そのような人物の名は……」

「ということだ。3人とも疲れているのだ。しばらく休むといい。アパートまでは送らせるから。これから米軍とも話し合いの場を持たなければならないからね、失礼するよ」


 それだけ言うと、小野平防衛大臣は部屋から出ていってしまう。

 そして、小野平のあとをついて行こうとした楠の腕を佐々木が掴む。


「どういうことですか? 楠さんも国のトップも先輩を居なかった者として扱うつもりなんですか?」

「先輩?」

「ですから! ピーナッツマンの中に入っていた人のことです!」

「それは君だろう? もし君じゃなかったらクーシャン・ベルニカを倒せるほどの逸材を日本国政府が切り捨てるわけがないだろう?」

「そんな……」


 たしかに楠の言葉は正論であった。

 第7艦隊をたった一人で壊滅させたほどの人物を倒すほどの人材なら、国が見捨てるわけがない。

 逆に情報が必要と3人に聞いたはずで。


「3人とも疲れているのだ。すぐに隊員をここに来させるから休んでいるといい。日本ダンジョン探索者協会を辞めたあとでも海ほたるでの一般人への配慮と、犠牲者をゼロに抑えた3人の功績は誇っていいものだ。私は、君たちを誇りに思う」


 楠が部屋から出ていくと3人は信じられないと言った表情でソファーに座り込んだ。

 

 


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