第32話 聖夜の日

 ラパーク千城台前に到着。

 今回は、1万円札を渡したあとしっかりとお釣りをもらう。

 前回のように、釣りはイラネ! 釣りはとっておいてくれ! という男気あるような振る舞いは控えておく。

 ガラスの修理費や今後のことを考えると、さすがに無駄遣いはできない。


 ――何せ、俺は無職だからな。


 タクシーから降りた俺はラパーク千城台内にある生鮮食品売り場に向かう。

 すると――、やはり俺の睨んだとおりクリスマス限定の商品が御惣菜コーナーに置かれている。


 鳥モモを焼いたモノ――。

 これは、クリスマス時期にしか売られないものだ。

 

 果物で言うなら季節商品。

 

 ――否! 断じて否!


 数日しか惣菜コーナーに並ばないのなら、それは季節商品ではない。


 超プレミアム季節商品と言える。

 そのレア度は、SSRのカードよりもレアと言えるかもしれない。

 ちなみにネットの仲間から聞いた話によるとSSRという意味は、すーぱーすごいレアカードという意味らしいが……。



「とりあえず、あれだな……」


 まずは鳥モモを3つ、籠に入れる。

 さらに、鳥の丸焼きも1個いれた。

 やはりクリスマスと言えば鳥は外せない。

 しかも1匹まるごとと言えば、リッチ度が跳ねあがる。

 クリスマスには必需品と言っても過言ではない。

 

 次に籠に入れるのはお子様用のシャンパン、それを5本入れる。

 もちろんアルコールは入っていない。

 アルコールに極端に弱い俺にとって必需品である。

 あとはガーリックトーストを籠に入れたあと、ケーキもホールごと籠に入れていく。

 さらにシチューのレトルトも忘れない。

 もちろん3人前。


「ふう……、これで完璧だな」


 さっそくレジに並ぶ。

 そしてお会計は5000円近かった。

 まぁ、年に一回のクリスマスだから仕方無い。

 日頃から頑張っている自分へのご褒美というやつだ。


 これで一人クリスマスの用意が整った。

 



 アパートの玄関が見えてくると、何やらアパート前にモリゾーのマークが書かれているトラックが停まっている。

 すでに作業は終わっていたようで俺がアパートに到着する前にトラックは走り去ってしまった。


「ふむ……、新入居者でも入ったのか? それとも出ていったのか?」


 今一、判断がつかないな。

 まぁ、俺には関係の無いことだ。

 

「山岸さん」

「杵柄(きねづか)さん、おひさしぶりです」


 大家の杵柄――、俺が住んでいるアパートの管理人もしている。

 それにしても、家賃は払っているはず……。

 何の用だ?

 普段は、あまり話しかけてはこないはずなのに……。


「ひさしぶりだね。じつはね……」

「どうかしたんですか?」

「うむ……。最近、腰が痛くてね……、私も管理人の仕事がきつくて今度、管理人の仕事を孫に任せることにしたんだよ」

「そうなんですか……」


 意外だ……、背筋がピンと伸びているのに腰が痛いとは……、人というのは見た目によらないものだな。


「それで、どなたが?」


 俺の言葉に後ろを振り返る杵柄さん。

 

「まったく、ほら! 出てきなさい」

「あの……」


 物陰から出てきたのは、見覚えのある女性。

 

「この子が孫の江原(えはら) 萌絵(もえ)だよ。山岸さん、よろしく頼むよ」

「孫? 失礼ですが……、名字が……」

「ああ、娘の旦那の名字だからね。それよりも――、今日からは、孫がアパートの管理人をするからよろしく頼むね!」

「分かりました。ですが、彼女は確か日本ダンジョン探索者協会の職員では?」


 俺の記憶だと公務員は原則、アルバイトは禁止だったはず。


「ああ、それがね。この子ったら辞めたんだよ」

「辞めた?」




 ステータス 


 名前 江原(えはら) 萌絵(もえ)

 職業 無職 ※アパート管理人

 年齢 20歳

 身長 148センチ

 体重 49キログラム

 

 レベル91


 HP910/HP910

 MP910/MP910


 体力10(+)

 敏捷19(+)

 腕力12(+)

 魔力 0(+)

 幸運10(+)

 魅力37(+) 


 所有ポイント90




 ほんとうだ……、職業が無職になっているな。

 つまり俺と同じ無職になったということか。

 それにしても公務員は給料待遇とかも良かったはずなのにどうしてだ?


「例の貝塚ダンジョン事件で、色々と思う所があったらしいよ」

「なるほど……」


 まぁ、彼女は死にかけたのだから怖くなって辞めても仕方無いだろうな。

 

「江原さん」

「ひゃ、ひゃい!」


 ――ん? ダンジョンツアーの時は、ハキハキしている印象だったが、どうしてそんなに俺の顔を何度もチラチラと挙動不審者のように見てくるんだ?


「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ! よろしくお願いします! 山岸さんっ!」


 まぁ、どっちでもいいか。

 とりあえず今日は、一人クリスマスイブをエンジョイするだけだからな。


「それじゃ私はこれで失礼するよ」


 大家の杵柄さんが、アパート裏の本宅へと帰っていくと俺と江原さん2人だけになった。

 さて、じゃあ俺も部屋に戻るとするか。

 階段を上がろうとしたところで、服の袖を掴まれる。


「………あ、あの……、山岸さん……」

「なんでしょうか?」


 とりあえず親しい仲ではないのだから、紳士的に話しておくことにしよう。


「――わ、私! まだお礼を言ってなかったので……」

「お礼?」

「はい! 爆発から助けてもらったお礼とか……」

「それなら気にすることはないです。私は、当然のことをしただけですから、それじゃ失礼します」


 再度、階段を上がろうとする。

 すると今度は腕を掴まれた。


「――ま、まだ……何か……」

「あの……、私……、御婆ちゃんのアパートに山岸さんが住んでいるって知らなくて、さっき山岸さんの姿が見えた時に、すごく……。あ、あの! 山岸さんは、クリスマスに一緒に過ごされる特別な人って……え?」


 何故か知らないが途中で、江原の視線が俺の手に持っている袋に向けられていく。

 袋は半透明で中身がよく見える。

 つまり、お一人様クリスマス会で俺が食する物が丸見えなわけで……。


 しばらく俺が手に提げていた袋をジッと見ていた江原が、突然泣き出す。

 意味がわからん。

 俺何かしたか? 何もしていないよな?


「……そ、そうですよね……、山岸さん、カッコいいですものね。えへへ――」


 中年の男を捕まえてどこがカッコいいのかと小1時間ほど突っ込みを入れたいところだ。

 そもそも、このアパートは一人暮らし専用で二人暮らしは契約違反。


「江原さん、ここのアパートは一人暮らし契約です。ですのでこれは……」

「――え? あ……。そうですよね……。あれ? で、でも……、この量って……、一人で食べられる量では……、あ! もしかして望ちゃんの分もあるんですか?」

「――? いえ、佐々木とは元職場で知り合っただけで先輩と後輩という仲ですよ? それとこれは私、一人で食べるものですから」

「そ、そうなんですか! 山岸さんはフリーなんですか!?」

「ええ、まあ……」


 どうして、こうもぐいぐいと江原が俺に語りかけてくるのか意味が分からん。

 まるで俺に好意を抱いているようじゃないか。

 正直、俺じゃなかったら好きだと勘違いしているところだぞ。


「山岸さん!」

「な、なんでしょうか……」

「今日の夜は空いているってことですよね!」

「そ、そうですね……」

「それじゃ今日は私の引っ越し祝いを一緒にしてくれませんか!」


 

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