第19話 日本ダンジョン探索者協会(6)
佐々木が慌てた様子で部屋から出ていく。
その際に、ようやく佐々木の服装に気がついた。
前回会った時は、パーカー一枚だったくせにずいぶんと女の子らしい服装になっていた。
黒いタイツに、白のスカートに白いニットワンピースを着こなしていて、さらには長い髪を後ろで三つ編みで纏めているとか……、まるで女そのものにしか見えない。
何か心境の変化があったとしか説明がつかないな。
まぁ、佐々木には佐々木の考えがあるのだろう。
俺には一切! 関係のないことだがな!
しばらくすると、佐々木は、山根2等陸尉を伴だって室内に入ってきた。
「山岸さん、目を覚まされましたか」
「山根2等陸尉――」
「山根で結構です」
「それでは、山根さん。いったい、どうなったのか説明してもらえますか?」
「はい。掻い摘んでお話ししますと、もう山岸さんが狙われることは無くなりました」
「どういうことですか?」
「山岸さんが意識不明の重体だった間――、一週間の間に一般市民を撃ち殺すことを承諾命令した県議会議員の西貝当夜は事故に遭い死亡。西貝二郎に関しては獄中で死亡が確認されました。あと、山岸さんの家を襲った暴漢については、ダンジョン内で死んでいるのが確認されたそうです」
「確認された?」
「はい。不幸な事故と言ったところでしょう」
「…………」
まっすぐに山根を見るが男は笑みを絶やさない。
――だが、その瞳は笑ってはいない。
「なるほどな……」
つまりトカゲの尻尾切りというやつか。
「それで、他に加担していた刑事や警察官や婦警の処遇はどうなりましたか?」
「懲戒解雇及び、国会招致をかけられています。それにしても山岸さんもすごいことを考えましたね? まさか……、ここまで大事になるとは私どもも思ってもいませんでした」
「それは……?」
「山岸さんの動画を見た何者か――、いえ――、この際ハッキリと言いましょう。ウィザードと呼ばれるハッキング組織により軍事衛星がハッキングされ全ての映像と音声が世界中に流されたのです。それにより警察の威信は地に落ち他国からの糾弾の嵐となりました。何せ、警察組織の存続のために民間人を殺すという暴挙に出たのですから、警察上層部も隠しきれず――」
――ウィザードね。
本当は、スキル「大賢者」がやったことなんだが……。
「山岸さんのおかげで日本ダンジョン探索者協会と、その上層組織である陸上自衛隊はずいぶんと世間から評価されました。こちらの自衛隊中央病院で、ゆっくりと静養してください。それでは、これで暇でも潰してください」
山根が、佐々木にタブレットをわたすと室内から出ていく。
それにしても……、自衛隊中央病院なんてものが存在するのか……。
俺はてっきり【みつわ台病院】にでも入院したと思ったんだがな……。
「山岸さん……」
「どうした?」
「わ、私……、山岸先輩が生死の境を彷徨っていた時に何もできなくて――、私が迷惑をかけたのが理由なのに……」
「気にすることはない」
――そう。何も気にすることはない。
俺は牛丼の仇をとった。
それだけのこと。
しかし一週間も意識が無かったとは……、どうりでステータスを見た時に7キロも体重が減っていたわけだ。
「そんな! 私……、先輩しか頼れる人がいなくて……、大学でも、誰にも言えなくて……、西貝議員の圧力で誰も避けていたから……」
「…………もう過ぎたことだ」
そう、犠牲になった特盛り牛丼はもう帰ってこない。
「先輩……」
何故か、涙を流している佐々木。
こいつは情緒不安定なのだろうか?
まぁ大学で友達を頼れなかったのは、心に大きな傷を負った可能性もあるからな。
それで、精神的に色々と問題を抱えたのかも知れないな。
「佐々木、少しタブレットで調べたいことがあるんだが……」
――そう。
今気になっていることは、俺のことが世間一般で何と言われているかだ。
いまにして思えば、スキル「バーサクLV10」の影響で、色々とはっちゃけた感があるからな。
叩かれていなければいいんだが……。
あまり叩かれると就職にモロに影響を受けそうだからな。
必死に震える指先でタブレットの画面をなぞる。
そして、俺が自分が叩かれていたまとめサイトを開く。
「えーと、何々……。【千葉東警察署暗殺未遂事件】華麗なる手のひら返し?」
また酷いタイトルだな……。
名無しさん:無職のビザデブの山岸は、まとめサイトで犯罪者呼ばわりされて叩かれていた。
はたして彼は、一般人の幼女を救うため単身、拳銃を構えていた警察官の前に躍り出て銃弾に撃たれ帰らぬ人に――。
「いや、俺は生きているからな……」
相変わらず適当な内容だな。
さすがは、まとめサイトと言ったところか。
名無しさん:誰もが犯罪者だと思っていた山岸だが、俺は信じていた山岸は何かをする男だと!
名無しさん:いや、お前。また無職の犯罪かよって書き込んでただろ。
名無しさん:何を言うんだ! 山岸は人妻と幼女を救った英雄! つまり、俺たちのヒーローだ! 幼女イコールジャスティス!
名無しさん:それよりビザデブが、すごい跳躍していたの誰か気が付いたか?
名無しさん:見た見た、どう考えてもあんなの人じゃ無理だろ。
名無しさん:動画加工とか?
名無しさん:動画編集技術革新キター。
名無しさん:それにしても本当死んだのか?
名無しさん:あれだけ血を流していたら生きている訳がないだろ。
名無しさん:俺達のヒーローが……。
名無しさん:ヒーローって……、お前は山岸のことを、すげーデブだわって書き込んでただろ
名無しさん:何を言うっすか。山岸は、無職の星っす。
名無しさん:まぁ最後に良いことをして死ねたんだから草場の陰で満足して成仏しているんじゃないのか?
「……ロクな書き込みがないな……」
「どうかしましたか?」
「いや――、なんでもない。それよりも口調を変えたのか? 以前は、俺と言っていたよな?」
「はい……、山根さんの話だと性別転換薬を使った人は、その性別に合った話し方や思考や趣味嗜好になるそうです」
「ふむ……」
それは、それで面倒な薬だな。
だから医師の許可と裁判所の許可が必要だったのか。
重罪とかも言っていたからな。
俺は、さらに別のニュースサイトを見る。
すると、そこには山根2等陸尉が言っていたように西貝当夜の乗っていた車が首都高速道路でダンプカーと接触、車は横転後に炎上し死亡したと書かれていた。
そして千葉東警察署の不祥事については、警察庁長官の辞任と32人いる管理官の内半分が役職を追われたと書かれている。
役職を追われただけで懲戒解雇とは書かれていないことから後で復帰するのだろう。
西貝次郎は、取り調べ中に自殺を図ったと書かれている。
西貝一郎については、19歳の未成年をダンジョン内に連れていったあげくモンスターに食い殺されたと書かれていた。
「神田はと……、国会証人喚問を受けているのか……」
まあ民間人を撃ち殺そうとしたのだから、民主主義の国家としては大問題だろうからな。
まぁ、問題は西貝当夜が関西の生コンクリートと裏で繋がっていて、その献金の流れを掴もうと検察が動いているというところくらいか。
「警察も、今回のことでずいぶんと民間人からの信頼は下がっただろうから必死だな」
「そういえば、山岸先輩」
「――ん?」
窓際の花瓶に花を活けていた佐々木が話しかけてきた。
「どうした?」
「さっき、警察官の方から、あとで警察庁の方が見舞いにくると伝えてくれって……」
「警察庁か……」
正直、警察とは敵対してしまったが、やはり警察をそのまま敵に回しておくリスクは大きい。
それに警察も俺と和解しておきたいのは分かることだ。
「断っておきますか?」
「いや――」
とりあえず会うだけ会ってみるか。
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