第33話:もう一つの再会と別離
「大変なんだよ!今朝がたうちの店にみすぼらしい三人の人間が現れてさ、散々飲み食いした挙句に金がないなんて言いだして、しかも暴れだして手に負えないんだ」
ゴブリンの胃袋亭に向かいながらホブゴブリンのコースケがテオに説明した。
「そいつら、無茶苦茶無礼なんだけどメチャ強くてしかも魔法まで使うから誰も抑えられないんだ!」
テオたちがゴブリンの胃袋亭に着くと、そこには人だかりができていた。
あたりには重傷を負った衛兵やブレンドロットの住人が何人も倒れている。
「なんて奴らだ……十人がかりでも全く歯が立たねえぞ」
「とんでもねえ強さだ。化物かよ」
人だかりを作っている住人たちもあまりのことに言葉を失っている。
「
テオはまず負傷者の治療にあたった。
「あ、ああ、助かったぜ。テオさん」
「あいつら、問答無用で切りかかってきやがった。悪魔みてえな奴らだ」
肩の傷を手で押さえながらゴブリンの胃袋亭の店主、ホブゴブリンのゴーシェがテオの下にやってきた。
「テオさん、あんたも同じ人間だろ。なんとかこの場を収めてくれねえかな」
「もとよりそのつもりです」
ゴーシェの傷を治療し、テオは人だかりの中へと入っていった。
その中心に三人の人間が立っていた。
全員長旅をしてきたのだろうか、服は土埃で汚れ、靴も泥だらけだ。
その三人を見た時、テオは言葉を失った。
「サラ様?」
なんとか言葉を絞り出す。
そこにいたのはかつての盟友であり、ともに魔王を倒した仲間、サラとアポロニオ、そして自分を陥れた張本人、モブランだった。
「テオフラス様、どうしてここに?」
その言葉に振り返ったサラが手に口を当て、信じられないものでも見るようにテオを見た。
汚れたなりはしているが最後に出会った時と変わらぬ美しさだ。
その姿にテオの胸が微かに痛んだ。
「テオフラス?」
アポロニオとモブランもその言葉に振り返った。
最初は何を見ているのか分かっていないように呆然としていたが、やがてその眼が怒りに血走っていく。
「テ、オ、フ、ラ、ス~」
アポロニオの声が怒気で震えた。
怒髪天を突き、殺気で空気すら歪んでいるようだった。
「
「貴様のせいでええええええ!!!!」
テオが防御魔法を展開するのとアポロニオが聖剣アルゾルトを振るうのはほぼ同時だった。
一瞬早く展開したテオの
大地を断ち割るアポロニオの剣戟と
テオが魔法で防がなければあたりは一瞬で灰燼に帰していただろう。
「
切りかかってこようとしたアポロニオだが、剣先が届く直前にテオの捕縛魔法に絡みつかれ、地面に転がった。
「貴様っ!この裏切り者がっ!」
魔力の縄で縛られながら殺気のこもった眼でテオを睨みつける。
「ここでは周りに被害が及びます。もっと静かな場所で話し合いましょう」
「ふざけるな!こんな魔界のちんけな町がどうなろうと俺の知ったことではない!魔界の町の心配をするなど貴様それでも人間か!やはり貴様は魔族に寝返ったのだな!」
テオが説得を試みたがアポロニオは聞く耳を持たない。
「仕方がありませんね」
諦めたようにため息をつくとテオは近くに転がっていたゴブリンの胃袋亭のドアマットを拾い上げた。
”腹がいっぱいになれば腹も立たない”というゴブリンの胃袋亭のキャッチフレーズが書かれている。
「
テオの魔法でドアマットが浮き上がり、アポロニオを拾い上げると空へと舞った。
「貴様、どこへやる気だ!卑怯だぞ!」
アポロニオの怒号と共にドアマットは町はずれへ向かって飛んでいった。
「あなたたちも来てください。そこで話し合いをしましょう」
テオはモブランとサラの方へ振り返った。
詠唱を始めていたモブランだったか、その言葉にぎくりとして中断した。
サラは緊張した表情をしつつ、頷いた。
その反応を確かめ、テオは軽く頷くとヨハンの持ってきた絨毯に飛び乗り、ドアマットが飛んでいった方へと向かった。
◆
ブレンドロットの町から歩いて三十分ほどの所にある、普段は恋人同士や家族連れのピクニック先として人気がある背の短い草に覆われた丘の上にテオはいた。
その横にはルーシー、メリサ、ヨハン、アラム、フォンが立っている。
後ろの方には騒ぎを見ようとブレンドロットの住人たちが集まりつつあった。
五メートルほど先にはアポロニオとモブラン、サラが立っている。
先ほどテオがかけた
「テオフラス、この人類種の裏切り者が!恥を知れ!」
アポロニオが怒気をはらんだ声で叫んだ。
汚らわしい言葉を吐いてしまったかのようにつばを吐き捨てる。
「この場に貴様がいるという事は貴様がインビクト王を裏切り、魔界に寝返ったことの証拠に他ならない。大人しく投降し、正式な処刑を受けるがいい。そうすればまだ貴様は人間として死ねることになる」
そう言ってアルゾルトの切っ先をテオに向ける。
「それともこのまま魔界の住人としてこのアルゾルトの露と消えるか、どちらか選べ!」
「話し合う余地はないということですか」
テオの声に恐怖や怒りはこもっていない。
あくまで普段通りの声だ。
「くどい」
その言葉をアポロニオは切って捨てた。
「この期に及んでまだ自分に弁明の余地があると思っているのか。見苦しいにも程があるぞ。貴様のような奴が私と共に魔王討伐に加わっていたなど、恥ずかしさのあまりに身が焼かれそうなほどだ!」
テオを責めるアポロニオの目には憎しみがこもっていた。
「魔王を倒したものが魔界に魅入られるなどあってはならないことを!インビクト王になんと申し開きをしたらいいのか!貴様の行動は私だけでなくサラ様、インビクト王陛下をも辱めたのだぞ!」
「サラ様、あなたはどう思っているのですか」
アポロニオの罵倒を無視し、テオはサラに向き直った。
「わ、私は……」
サラはその言葉に口よどんだ。
「神に仕える僧侶として、テオフラス様には罪を悔い改めて欲しいと願っています。どうか、今一度わが父の元へ戻っていただけないでしょうか?私からもお願いいたします。父、インビクト王陛下へは私からも嘆願いたしますから、どうか、どうか聞き入れてくださいませ」
そう言って片膝をついて胸の前で手を組み、深々とテオに頭を下げた。
インビクト王国の国教であるトレメント教における最大級の祈祷と請願のポーズだ。
しかし、その言葉はテオには届かなかった。
いや、その言葉で両者の間に相容れない決定的な壁ができたと言っても良かった。
もはや自分の言葉がサラの耳に届くことはないのだろう、テオはそう確信した。
せめて自分が何故魔界に来ることになったのか、どうしてここで生きていこうと決めたのか、それだけでも聞いてほしかった。
そうすれば理解しあう事は無理でも、自分の生き方を認めてもらえたかもしれない。
だが、それが叶わないことをテオは悟った。
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