第10話:新たなる住居

「クソ、人家はまだか!」

 アポロニオが苛々とそう悪態をついた。


 これでもう六十二回目だ、モブランは心の中で数えた。

 あらから半日歩き続けてまだ人家一つ見えない。


「こ、ここらで一休みしませんか?」


「駄目だ!さっきも休んだばかりではないか!」


 そりゃあんたは何も持ってないから元気だろうけどさ、とモブランは心の中で毒づいた。

 自分は重い鎧を着ているのだからと荷物を全てモブランに押し付けたのだ。

 もうモブランは体力の限界だった。


「あれを見てください!馬車がやってきますよ!あれに乗せてもらいましょう!」

 サラが後ろを振り返って嬉しそうに叫んだ。


 やってきたのは一台の荷馬車だった。


「ちょうどいいところに来た。私は勇者アポロニオ、そしてここにおわすのはサラ姫だ。我々はこれから魔界に赴くのだ。農民よ、我々に協力し近くの町まで連れていくのだ」


「なんだね、あんたらは突然に。勇者と姫だなんて出鱈目言うでねえ。姫様がこんなところにいるものかよ。それにわしゃ今から隣村まで藁を取りに行かにゃいかんのよ。寄り道してる暇なんてないんだわ」

 馬車に乗っていた年輩の男は胡散臭そうに三人を見回した。


「まあ待て、農民よ。ただでとは言わん。どうだ、銅貨一枚やろう。農民風情には過ぎた小遣い稼ぎだろ?」


「馬鹿言うでねえ。今日日銅貨一枚なんざパンも買えねえよ」

 そう言って馬車を進めようとする。


「待て待て、分かった、銀貨一枚だ。これならいいだろ?」


「うーん、寄り道すると藁を買えなくなるでねえ。この荷馬車一台分の藁が銀貨五枚なんだわ」


「分かった、では十枚出す。だから我々を連れていけ」


「しょーがねーなあ、わかっただよ。さあ後ろに乗んな」

 サラとモブランはほっとした。

 これで延々と歩かずに済む。


「おい、農民、静かに走らせるのだぞ。我々は金を払ってるんだ。払った分の事はしてもらうぞ」


「やかましい男だねあんたは、まあええだ。貰うもんは貰ったし、隣町まで行きますよ」、それっ」


 荷馬車はがたがたと揺れながら進みだした。






 それから二時間後、荷馬車は三差路で止まった。

「悪いけど、ここで降りてくんねえかな」


 農民―名はカナモーという―は振り返ってそう言った。


「何故だ!金は払ったんだぞ!受け取った以上約束は果たせ!」

 あんたが道々文句ばっか言ってたからカナモーも嫌気がさしたんだろ、という言葉をモブランは飲み込んだ。


「こっから右に行けば日没までにはペッテンという町に着くだ。それで十分だべ。おらおっ母が産気づいてるんで今日中に戻らねばなんねえんだ。申し訳ねえけどここまでにしてくんろ」


「チッ、まあいい、ならば途中で降りるのだから銀貨三枚は返してもらうぞ」


「せこい男だねえ、あんたは。まあええだ、こっちももうあんたみたいな男は願い下げだよ」


「貴様!この国を救い歌劇にも歌われた勇者アポロニオを愚弄するか!」


「おーこわ、くわばらくわばら」


 カナモーは地面につばを吐き、去っていった。


「クソ、これだから田舎者は!」


 アポロニオはブリブリ怒りながら一人で道を進めていく。

 サラとモブランも慌てて後に続いた。


 帰りたい……その日百五回目の後悔をモブランは反芻していた。


 一方で荷馬車を転がしながらカナモーはうきうきしていた。

 口うるさいだけの連中を乗っけただけで銀貨七枚、一月分以上の臨時収入が入ったのだ。

 嬉しくないわけがない。

 銀貨三枚は惜しかったがさして後悔はしていなかった。


 カナモーが荷馬車を転がしていると馬に乗った男が近づいてきた。

「よう、カナモー、期限が良いじゃねえか」


「おう、マチミン、いいカモがそっちに向かったからよ。手はずを整えてくれよ……」



    ◆



「着いたぞ。ここがこれからお前の住居になる屋敷だ」


 テオとメリサが着いたのはブレンドロットと呼ばれるインビクト王国との国境沿いにある地域だ。

 魔界と言っても人界に近いため、自然や風景はインビクト王国と大差ない。


 そこに建っているテオの住処になるという屋敷は……ほぼ廃墟だった。

 壁は半ば崩れ落ち、屋根もところどころ抜けている。

 窓という窓は破られ、ドアもかしいで開いたままになっている。


「……い、一年前までは普通の姿だったのだぞ!」


「いや、雨風がしのげるだけでも御の字です。とりあえず中を見てみましょうか」


 二人は屋敷の中に入っていった。

 うずたかく降り積もっていた埃が舞い上がり、屋根の穴から差し込む日光に反射して煌めいている。

 昔はそこそこ豪奢な屋敷だったのだろう、上から見ると大きなTの字になっていて扉の向こうは大きな吹き抜けの広間となっており、両側に二階へ上る階段がある。


「これだけ広いなら十分ですよ。一人では持て余してしまいそうだ」

「待て」

 一歩踏み出そうとしたテオをメリサが制した。


「そこに誰かいるな。出てこい!」


 何も動く気配はない。

 だがテオも生命探知ライフサーチで何者かの気配を捉えていた。


 階段の陰にある扉の向こうに小さな人影が潜んでいる。

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