生後60日目

「クナイちゃ〜ん、て、天才でしゅか〜?」


 生まれて2ヶ月、俺は立ち上がり、歩いた。


 俺は気づいてしまった。


 俺は歩き方を知っている。


 喋り方も知っている。


 足りないのは筋力など、つまりフィジカルの面のみである。


 身体なんて鍛えればいい。


 俺は一ヶ月前から脚を限界までジタバタと動かし、ゲロを吐く直前まで飯を……、飯の内容は聞かないで欲しいがとにかく飯を食った。


 その地獄の努力が実を結び、生後2ヶ月にして俺は遂に、この大地に、自分の脚で立つことに成功した。


 自分の脚で立ち、自分の意志で移動する。


 俺は……、俺が存在する場所を……、自分で決めていいんだ。


 そう思うと感慨深くなり、涙が溢れてくる。


 俺は……、自ゆ……。


「こ〜らクナイちゃ〜ん、そっち行ったらダメですよ〜」


 地面は一瞬で遠のき、自分が高く持ち上げられているのだと気付く。


「………」


 地面までは、……きっと本当は1mそこそこなのだろうが、俺の小さな体からは相対的に5mくらいに感じられる。


『落ちたら骨が折れる』


 本能がそう訴えかけてくる。


「こらこら暴れない暴れない〜♪」


 女は朗らかに跳ねるように言う。


 人に骨折の恐怖を与えながらこんなにも幸福そうな声を出す……だと。


「お前頭湧いてんじゃねーのか?」


「…………きゃっ」


 ーーまずい、声に出てしまった。

 未だ喋れないと思っていたが、思いの外俺の肉体は成長していたらしい。

 

 ……と思う間もなく俺は地面へと落下する。


 そして俺は、時間を走馬灯のように感じる暇すらなく地面へと激突する。


 ぶつけた側頭部の痛みに悶ながら俺が思ったこと。 


 もしも神がいるのならば、そいつはとんでもない怠け者だ。


 ちょっとした事で取り乱し、産まれたばかりのか弱き生命を床に落っことす。


 そんな女の腹に子を授けるなんて、……授けるなんて、生まれてくる方の身にもなってみやがれ!


 もしも神がいるのならば、顔にウンコつけてやる。


🍼次回:激突、そして生まれたもの🍼

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