第19話
入ってきたのは担任の笹山で、そのなんとなく人を不快にするキャラクターから生徒の人気が低い人だった。タイプは違えど、祥介にはどこか親近感を持てる人物である。なんとも悲しい括りに泣きそうになるばかりだった。
ばらばらと足音が乱れ、クラスメイトは自分の椅子へと着席していった。けれどいつまで経っても、祥介の前の席が未だに空席のままだ。周りを見るとクラス全員は着席しているように見える。遅刻か、と思ったが同じ疑問を持った柚葉が邑の袖を引っ張っていた。
「今日お休みいないよね、誰の席?」
休みいないのか。教室を見渡すが祥介にその判断はつかなかった。クラスメイトの顔は未だに覚えられない。こういうところがいけないんだろうなと反省する。
邑は「すぐにわかるよ」というだけで明確には答えなかった。祥介と柚葉が顔を見合わせて首を傾げ合っていると笹山の馬鹿でかい声が教室に響いた。
「さて、全員出席のようでなによりだ。お前らも高校二年になる。遊ぶのも大事だが無駄には生きるなよ。何をしたいのか進路は考え始めろ」
そう前置きを言ってから笹山はニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。
「だが、そんなお前達に朗報だ。俺はうちのクラスにやってくる転校生の札を再び引き当てたのだっ!」
唐突に言われたその報告に誰も理解が追いつかなかったようだった。静寂のなか、誰かが声を僅かに漏らしたのを合図に教室中が歓声に轟く。
あり得ないとか、俺は生まれたときから知っていたとか様々な声が飛び交うなかには次はイケメンが来ますようにと言っている声が聞こえてしまった。
失礼なやつだ。誰だ言ったのは。
学校のシステムのせいもあるが、転校生にここまで盛り上がりを見せる学校は他にそうそうないかもしれない。それにしても、笹山のニュアンスから転校生はくじ引きで決めるのか。引かれた自身としてなんだか複雑な気分になった。
後から聞いた話だが清賴に転校生改め編入生がやってくるのはかなり珍しいとのことだ。中等部にいる雪華はちゃんと試験に受かり中学から通っているが、過去、十年振り返っても編入生は祥介だけだったそうである。編入の際の試験は受けたので編入制度自体はあるようだが、二年空いたといえど再び、しかも同じクラスに転校生というのは異例といえた。
笹山はしばらくクラスを騒がせていたがパンパンと手を叩いたあと、指揮者が音楽を止めるように手をパーからグーにしてみせる。喧騒が止む気配はなかった。
完全に痛く見えたが、笹山は特に気にすることなく入ってこーい、と大声で言うとガラリとドアが開いた。
まるで一時停止したかのように再び教室に静寂が下りた。
祥介を除く殆どの人間が息を呑んでいるのがわかった。邑はすでに知っていたようなので一人だけスマホの画面を見ている。人差し指をスルスルと蛇のように動かしているからゲームでもしているのだろう。興味持たなすぎじゃないか。
そこで女子の声でわぁという感嘆の声が聞こえた。それをきっかけに祥介も遅れて転校生へ顔を向けた。
「……っ」
どこかでわかっていた気がした。なんとなくの予想はできていたんだ。だが、祥介は意図的に意識を逸らしていた。転校生なんて小説のなかのイベントだけで劇的なことなんて起こりはしない。だからきっと、大丈夫。
その転校生の姿をみて、絶句するというのは息も止まるものなのだと知った。
肩口まで伸ばした美しい銀髪を揺らした少女が、細く白い脚を一歩また一歩ゆっくりと踏み出して教壇の前に立った。
笹山の持つチョークがカッカッカと黒板の表面を滑る。
すでに知っていたその名前の漢字を見て、思っていた漢字と同じだと祥介は思った。
「名月綾奈ちゃんだ」
もうこれでもかというくらい眩しい満面の笑みで、笹山が転校生が自分で名乗る機会を奪う。これは祥介もやられたことだった。
「……よろしくお願いします」
表情はピクリともせず、口元しか動いていないしゃべり方だった。無音に満ちた室内で綾奈は祥介に視線を向けてきた。睨まれているわけではないが無意識にたじろいでしまう。
「先生、名月さんの席はここです」
邑は発言しながら自分の隣りの席、つまりは祥介の前の席を指差した。
「皆、名月は帰国子女で日本は初めてに近いそうだから親切にしてやってな」
綾奈はすぐに席には向かわず、教壇の前で生徒一人一人の顔を確認するように見渡していた。まるで水族館の魚一匹ずつを眼で追うように不思議そうな眼をしている。
笹山が「どうした、名月」と声を掛けたことでスイッチが切り替わったのか、綾奈はゆっくりと歩を進めて祥介の前の空席へとやってきた。自然と、綾奈に見下ろされる形になる。視線が交錯した。
『よろしく。桐谷祥介くん』
霊術交信。祥介にだけ聞こえる綾奈の温度のない声が頭に響き、祥介はため息をつかずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます