第44話 アントローサの娘
目覚めたら天蓋が見えた。天蓋付きベッドのふかふかの枕で目をキョラキョラ動かす。飛び起きる。衣服が変わっている。着替えた覚えがない。
ラルポア……今、何時。此処は何処……
何故、知らないベッドで……
ばかでかいベッドから赤い絨毯に下りてスリッパを履く。広い部屋を見渡す。向こうのソファーに横たわっているのはラルポアだ。ブランケットがずれて青いガウンが見えた。
そっと近づいて横に座る。身体を斜めにする。とうとう横になって添い寝した。ラルポアの腕を枕にブランケットを被る。部屋は暑くもなく寒くもなく、ラルポアは自然に枕になった腕でラナンタータの肩を引き寄せる。寝息が聞こえる。ラナンタータも睡魔に襲われた。
お父さんはどうしているかな。電話したらお父さんは迎えに来てくれるはずだけどな。ラルポアにワインを勧めたのは私だから、叱られちゃうかも……
ラルポアの手が動く。その手は自然にラナンタータの頬を滑り、首筋から肩に流れ落ち胸の形を準る。
ラナンタータはラルポアの腕を弾いて、ガバッと音を立てて跳ね起きた。ベッドに駆け込む。
信じられない。私は妹なのに……
信じられない。私のおっぱい小さいのに……
信じられない。ラルポアはお兄ちゃんなのに……
信じられない。何もかも信じられない……
触られた胸に手の感触が残って熱い。ラナンタータは自分だけが信じられる存在だと確信した後で思い直した。そう言えば自分自身も信じられないことをしたのだった。ずっと家で育って、社会や人間や常識を知らなかった頃、学園に通いはじめて暫くして、ジョスリンが大好きになってキスしたいと思ったことがあった。
ラルポアに抱きついて、ドキドキしながらキスを迫った。ラルポアならちゃんと教えてくれると思ったけれど、大人のキスは好きな人とするのだと断られた。ラルポアには他に好きな人がいて、私は妹だから出来ないことなのだ。わからなかった。血の繋がりのない妹って厄介なのかもしれない。
ラナンタータは知らないことだが、ジョスリンはラルポアをベッドに誘い、香水を一瓶振りかけたシーツを被って騎乗位から始めた。濃厚な花園の香りの中で上になったり下になったり転がって、ラルポアはジョスリンとの関係を暫く続けた。
『なんだかやっぱりアルビノちゃんに悪いわね』
其れが関係を終わらせる言葉だったが、ジョスリンの笑顔はいつでも艶やかだった。
遊びにされた……
ラナンタータとジョスリンのキスは、絶対阻止する。相手はマフィアの女ボスだ。アントローサ警部の娘に相応しくない。
ラルポアは目が覚めた。つと辺りを見渡して起き上がる。ラナンタータはまだベッドにいる。着替えが先か起こすのが先か取り敢えず歩き出す。
車が二台乗れるようなベッドの真ん中にラナンタータはシーツを頭から被って寝ている。
ベッドに片膝を乗せてラナンタータのシーツを捲った。
「ラナンタータ、朝だよ」
ふん、私の方が先に起きた。
「ラナンタータ、僕は着替えるよ」
ふん、私は着替えに時間はかからない。
「ラナンタータ、シャンタンとカナンデラが気にならない」
「起きる。起きてたもん」
ラナンタータはベッドから飛び出してラルポアを振り返った。
「私の服は何処」
言ってからラナンタータは「あ」と胸を隠す。
「大丈夫。僕は何も見ていないよ、ラナンタータ。目を瞑って着替えさせたんだ。妹とは言っても、ラナンタータも一人の女性だからね」
「おっぱい触った」
「触ってないよ」
「触った」
「ラナンタータ。僕は着替えるから」
「私も。直ぐにカナンデラを襲撃しよう」
「襲撃……」
ラルポアはラナンタータと喋るのを諦めた。
夕べ、アントローサ警部はガラシュリッヒ・シュロスに来た。ラナンタータは酔っ払って、此の部屋、前会長の部屋で寝かされていた。事件の呼び出しがシャンタンを通してアントローサ警部に伝えられ、アントローサ警部は娘を連れ帰るのを諦めざるを得なかった。
此れでシャンタン・ガラシュリッヒとの繋がりが噂されることになると、アントローサ警部は予感した。パパキノシタの時と似ている。裏の繋がりなどはない。アントローサ警部は真っ当に任務遂行しているだけだ。
カナンデラは酒臭い息をシャンタンの耳元に吹き掛けて結婚を迫っていた。
「男同士でも結婚できる国にしようぜ。誰かが先にしてくれるのを待つのではなく、俺たちがやって見せようぜ、シャンタン」
ガウンを脱がせてパジャマの上から腰を合わせる。カナンデラはもう何度もシャンタンを昇天させて、シャンタンに抵抗する気力はない。
「あ……あ……世界を変えるって……」
そもそも夕べラナンタータが言ったことが心を開いたのか、シャンタンはなすがままにされて、もう立たないとシャンタンが思っても、シャンタンの其れはカナンデラに忠実に反応する。
「シャンタン。お前がこの地域のゴッドファーザーだから俺と結婚できないのなら、マフィアなんて止めちまえ」
「アントローサの娘の……考えなんだね……あ、あ、いく……」
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