5話.家に帰った、家に帰られた。
「ただいま。」
あたしには少し重い感じの玄関ドアを開けて中に入りながら言った。
「お帰り。今日も花沢さんのところに行ってきたの?」
コーヒーを飲みながら、いつもこの時間にするドラマから視線を放さないままあたしに母は言った。
「まあ、そんな感じ。」
母はちょっと苦手だ。
「あまり迷惑かけるなよ。」
あたり前なことをいうな。って感じ。
「わかってる。」
そう言いながらあたしの部屋に入りドアを閉じた。
母とはあまり話したくない。話しても楽しくない。そう思ったのはたぶん母と父の間が悪くなった時からだと思う。思えば母はいつも感情的だった。感情的で自分の感情をうまくコントロールできないような人だった。はじめはそれを受け止めてくれた父も、いつしか相性が尽きてしまったのだろう。だからあたしが中学校に上がった時からは毎日のようにけんかばっかりしてた。母も父もいやだった。
高校に入る直前のある夜にいつものように父と母はけんかをした。そしてその日の父は我慢が尽きたのか家を出て行った。父が怒って家を出るのはたまにあることだった。でもその日の父は家に帰ってこなかった。交通事故だった。とあるよっぱらいさんにひかれたらしい。そしてその知らせを聞いた母は、少しも悲しまなかった。
はやく愛葉先輩のあるあの部屋に帰りたいとつよく思った。
私の家の玄関のドアが音をする。千花と一緒にいた時より余計に大きく聞こえてくる。千花がいないとこんな音すらより大きく感じてしまう。なんだか、少し、いやだな。また私、一人になっちゃった。昔はきっと一人が好きだったはずなのに、最近は一人が怖い。いや、一人が怖いわけではない。千花が私からいついなくなるかわからないことが怖いんだ。さっき分かれたばかりの千花が見たい。
玄関に立ったままそんなことを考えていたらスマホから着信音が鳴った。
「あ、お母さん。なんか久しぶりね。何かあった?」
「うちの可愛い一人娘が元気にしてるか気になって電話したよ。」
お母さんってば、本当心配性さんだから。
「それで最近何かあった?」
「特に何も。あ、さっきまで千花もいたよ。もう家に帰ったけど。」
お母さんにならなんだって言えそうな気がする。
「本当に仲良しだね。」
「まあ、そうだね。」
ただの仲良し。うん。それでいい。
「他人が見たら付き合ってるのではないかと思うくらいだよ。」
「何言ってるのよ!そんなわけないだろ。」
本当に付き合っていたのならどれだけよかったのだろう。
「わかってる、わかってる。愛葉がそんな非常識なことすう子ではないということくらいは。」
「非常識?」
少しきれるところだった。
「そう非常識。最近はレズやらゲイやらうるさいからな。父さんはこの前ニュースを見て、あんな奴らなんか全部牢獄に連れて行けば解決することを、とまで言っていたよ。まあ、母さんはそこまでは考えてないけど。」
お母さんも、お父さんも、そう思っていたのか。知らなかった。
「ま、とにかく愛葉が元気ならいいよ。」
「うん。お母さんは最近何かあった?」
それからお母さんと十分ほど電話をしたけどそれ以降の会話は全然耳に入らなかった。ただ千花に早く会いたかった。
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