第52話

「……す、すごい」




 ──それはあまりにも、圧倒的な『火力』であった。




 それこそ当艦ビスマルクの艦橋という、スペースの余裕の無いところで映し出されている、ホログラムの中の映像ですら、この大迫力なのだ。


 実際に、魔導大陸の東方海域に面した広大な港湾内で行われている、『砲撃戦』の凄まじさときたら、いかばかりのものであろうか。




 ──しかも、その趨勢も、無慈悲なばかりに、『一方的ワンサイドゲーム』であったのだ。




 それも、そうであろう。


 突如『悪役令嬢』化してしまった、『魔法令嬢・メアリー=セレスト』にして、我がビスマルクの艦長でもあられた、カーラ=デーニッツ提督が、『別の世界』の過去の大戦争の海の底から甦らせたのは、旧大日本帝国の誇る高名なる戦艦の数々だったのだから。


 対する謎の敵性体、量産型人魚姫セイレーンたちにおいても同様に、日本海軍の艦艇の力を有していると言っても、そもそもちっぽけな少女の身体に駆逐艦『きよしも』の攻撃力と防御力とを宿しているに過ぎず、戦艦の大砲火を前にしては、太刀打ちできるはずが無かったのだ。


 しかも折悪く、戦車の力を有するメアリー嬢の使い魔であるシロクマたちを、彼我の射程距離の差異を鑑み、アウトレンジ戦法によって一方的に叩こうとして、彼らが陣取っている艦艇から距離をとり、陸地に登って砲撃を行っていたものだから、むしろ長距離砲撃に長けている戦艦の格好な的となってしまい、今や港湾施設もろともに、無数の砲弾の雨あられを食らい続けていた。


 一応、不定形暗黒生物『ショゴス』によって形成されているので、艦砲射撃の直撃を食らっても、一発で命を失うことは無かったものの、これまでは戦車砲を直撃されても、駆逐艦相当の質量があるために(物理的に)微塵も動ずることは無かったのだが、さすがに戦艦の主砲をぶち込まれてしまえば、木の葉のように吹き飛ばされて、次々と海の中にたたき落とされるばかりであった。


 ──もはやそこには、これまで我が魔導大陸特設国防軍の精鋭部隊である、海軍指折りの、ビスマルクやティルピッツやシャルンホルストにグナイゼナウ等の各戦艦、プリンツ・オイゲンやドイッチュラント等の各重巡洋艦、そして『Z』ナンバーの各種駆逐艦に、更には空軍の誇る、大型ジェット爆撃機He343を始め、Me262A−1aやHo229等の主力ジェット戦闘機や、Me262B−1a/U1夜間専用復座ジェット戦闘機等々を、あたかも赤子の手をひねるかのように一方的に圧倒していた、第二次世界大戦時の大日本帝国が誇る、駆逐艦『清霜』の擬人化美少女の姿は、微塵も存在していなかった。


 最初は、あまりに凄絶なる状況に言葉を失っていた、私ことエーリック=トーマ=モトサマが副長を務める、ビスマルクの乗組員たちであるが、次第に『これがどういう意味なのか』について、理解が及んできたようであった。


「……何と、圧倒的ではないか、我が連合艦隊は!」


「ま、まさか、艦む○──じゃなかった、軍艦擬人化美少女に対して、本物の軍艦で対抗するなんて!」


「なんか、某アニメでも似たようなシーンがあったけど、あれは実際の軍艦が、敵の軍艦擬人化美少女に攻撃しているのであって、こっちは実際の軍艦が、本来は味方のはずの軍艦擬人化美少女を攻撃しているところが、非常にエグいよね☆」


「いや、それにしても、さすがは魔法令嬢!」


「悪役令嬢に変身した時は、どうなることかと思っていたが」


「まさか、こんな隠し球があったとは!」


「──カーラ提督たん、万歳!」




「「「──魔法令嬢、メアリー=セレスト、バンザーイ!!!」」」




 しまいには、(いまだ若干腰が引けていながらも)万歳三唱を始める、クルーたち。


 ──いや、やめてくれたまえよ、君たち!


 それって、ジ○ン的にもパヤオ的にも、完璧なる『負けフラグ』だろうが⁉




 事実、現在の戦況は、別に量産型人魚姫セイレーンたちにとって、まったく不利な状況というわけでは無かった。




 すでにほぼすべての個体が、怒濤のような艦砲射撃のために、海中へとたたき落とされているのだが、最初から不定形生物なのだからほとんどノーダメージだし、一応『軍艦』でありながらその圧倒的な小ささにより、いったん海の中に紛れ込んでしまえば発見されにくくなり、一方的に攻撃し放題となれるのだ。


 そして今まさに、必殺の魚雷攻撃を、一気に全弾、旧日本海軍艦艇に向かって発射しようとした、その刹那。




『──あらあら、何度言ってもわからないようねえ? 私のような魔法少女やには、使い魔が付き物だということを!』




『『『──グオアアアアアアッ!!!』』』




 突如、量産型人魚姫セイレーンたちを背後から抱きすくめる、巨大なシロクマたち。


 しかしそれは、次の瞬間──




『ウフフフフフフフ』


『アハハハハハハハ』


『クスクスクスクス』




 何とそのすべてが、白い髪の毛に白い瞳に白いひとの和服といったふうに、全身白一色の少女の姿にへんしたのであった。


「……な、何だ、あの娘たちは?」


「何て禍々しい、笑い声を上げやがるんだ!」


「お、おい、見ろよ、量産型人魚姫セイレーンどもを、一匹残らず、海の中に引き摺り込んでいるぜ!」


「……何で人魚姫セイレーンどもは、抵抗の一つもせずに、大人しく無力化されているんだ?」


「せっかく相手がシロクマから、いかにもか弱そうな女の子に変身したんだから、ここぞとばかりに駆逐艦の力で、返り討ちにすればいいのに」


 目の前の立体ホログラムに映し出された、あまりに予想外の光景に、首をひねるばかりのクルーたち。




 それに対して、文字通りにこれまでの『世の常識』を完全に覆す、驚天動地の言葉を返してくる、空中の悪役令嬢。




『──当然でしょう? 彼女たちこそが、「艦む○」とか「KAN−S○N」とかと呼ばれている、いわゆる軍艦擬人化ヒロインにとっての、唯一絶対の「決定的な弱点」なのですもの』




 ……………………………………は?




「「「──いやいやいや、それは、駄目でしょう⁉」」」


 またしても、我らビスマルクのクルーの心が、一つとなった。


『うん? 何が駄目なのよ』


「──何もかもが、ですよ!」


「こんな、広大なるネットの片隅の、三流Web小説の中で、何をとんでもないことを、言ってくれちゃってますの⁉」


「これって、各種軍艦擬人化美少女作品の運営主体や、その熱烈なるユーザーやファンの皆様からの、苦情殺到間違いなしでしょうが⁉」


「いやそもそもが、『軍艦擬人化美少女の、決定的弱点』ですって? そんなもの、あるわけ無いじゃないですか⁉」


「それってきっと、この作品の作者が勝手に思い込んでいるだけで、いくらでも反証できるに違いありませんよ!」


 ……もうね、それは必死に抗議いたしましたよ、はい。


 こんな暴論、少しでも受け容れてしまえば、大変なことになりますからね。


 ──しかし、当の悪役令嬢のほうは、涼しげな表情を、少しも揺るがせはしなかった。


『とはいえ、今や駆逐艦「清霜」そのものとなっている、量産化人魚姫セイレーンたちが、文字通りに手も足も出ずに、我が使い魔である「ふなゆうれいたち」のなすがままとなっているのは、歴然とした事実じゃないの?』


「「「うっ!」」」


 悪役令嬢の至極もっともな指摘に、一斉に言葉を詰まらす、クルーたち。


 ──いや、『問題』は、そこじゃない!




「……提督、今、『船幽霊』と、おっしゃいましたか?」


『ええ、私が魔法令嬢から悪役令嬢へと、負の位相転移することによって、使い魔のほうも、シロクマから船幽霊へと、ランクアップすることになったのよ』


「と言うことは、まさか──」




『──そう、あらゆる船を問答無用に沈めることができる、「船幽霊」にいったん取り憑かれてしまえば、軍艦の性質を有する輩は為す術も無く、海の底へと沈められる運命となるってわけなのよ』

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