第49話

「──具体的な状況を、報告しなさい!」




「はい、提督! ──まず、駆逐艦クラスが、陸路から乱入してきた量産型人魚姫セイレーンの大集団の、先制攻撃的集中砲火を浴びて、全艦とも完全に沈黙!」


「重巡洋艦クラスも、まったく連携をとることができないまま、一方的に攻撃を食らっております」


「当艦を始めとする戦艦クラスも、被害が出始めています!」




 ……何ですって、もうそんなに⁉


 小柄な女の子の肉体に、駆逐艦の攻撃力を詰め込むことによって、これほどまでに、絶大な効果を及ぼせるなんて。




 まさに、『駆逐艦デストロイヤー』、恐るべし、『軍艦擬人化少女ヒロイン』!




「──くそっ、空軍は一体、何をやっているんだ⁉」


「味方の機数が、足りな過ぎるんだ!」


「敵戦闘機や特攻機への迎撃で一杯一杯で、艦隊支援まで、手が回らないと言うのか⁉」


「援軍は、いつになったら、来てくれるんだ!」


 もはや日頃の冷静沈着さを完全に失い、口々に怒鳴り声を上げる、臨時連合艦隊旗艦ビスマルクの乗組員クルーたち。




 ──まさに、その時。




「おわっ!」


「な、何だ⁉」


 これまでに無い、一際大きな衝撃が、強大なる本艦を激しく揺るがした。


「──敵、特攻機『ばい』が、甲板中央部に突入! これにて、対空機関砲並びに副砲が、ほとんど使用不可能となりました!」


「他の副砲や機関砲も、弾薬が尽きたとのことです!」


「現在使用可能なのは、主砲の38センチ連装砲4基のみで、しかも砲弾のほうも、残りわずかであります!」


「──敵、特攻機パイロットも、損傷は激しいものの、すぐさま負傷部位を修復しつつ、軍艦擬人化を行い、攻撃行動を開始するものと思われます!」


「な、何い、すぐにでも殲滅するのだ!」


「甲板上で、駆逐艦相当の破壊力で暴れられては、堪ったもんじゃないぞ⁉」


「し、しかし、一体どうやって?」


「対人用の兵器なぞ、きゃつらには通用せんぞ?」


「主砲だ、この際、主砲をぶち込んでやれ!」


「甲板上で、主砲を使えと言うのか⁉」


「……いや、そもそも主砲は、そのふね自体に向けて撃てるようには、設計されてはおらんはずだぞ?」


「だったら、どうすればいいんだ⁉」


「軍艦擬人化美少女が、たった一体でこれほどの脅威になるとは、どのゲームにおいても、語られてはいなかったぞ⁉」


「……ああいうのは、ある意味、『美少女育成ゲーム』みたいなものだからな」


「真の意味で、少女の肉体に、軍艦の力を与えることの恐ろしさを、わかっちゃいないのさ」




 錯乱のあまり、あまりにもメタ的で、非常に危険な発言をし始める、クルーたち。




 ……仕方ない、この辺が、『潮時』か。




「──副長、後は頼みます」



 そのように、毅然と一声発して艦長席から立ち上がれば、怪訝な表情をして振り向くクルーたち。


「カーラ提督、一体どこへ行こうというのです? 今は本艦の甲板上は言うに及ばず、海上も上空も、大激戦の真っ最中となっておるのですぞ!」


「いやむしろ、本艦がいまだ攻撃能力を失っていないうちに、我々がふねごと囮となり、提督だけを安全な場所に脱出させるべきでは?」


「そうだ、いざとなれば、俺たちクルーが一丸となって、甲板上の人魚姫セイレーンどもに向かって打って出て、連中の目を惹きつけようではないか!」


「よし、良く言った!」


「賛成!」


「異議無し!」




「「「いざ、我らの身命を賭して、カーラたんだけを、お助けするのだ!」」」




 この絶体絶命の大ピンチの中にあって、むくつけき海の荒くれどもが、まるで父親が愛娘に対するように、私ごときの身を真剣に案じて、自らを犠牲にしようとしている姿を目の当たりにして、




 ──ほとほとあきれ返って、思わず失笑が漏れた。




「生意気を言うでない、こののろまな豚どもが! 私のことを、何だと心得ておる!」




「「「──ええっ、か、カーラたん、そんなあ⁉」」」




 まるで御主人様に裏切られた、飼い犬そのままに、情けない声を上げる、大男たち。


 それに構わず、無慈悲極まる、『真実』を叩きつける。




「いいか、非常識極まる人魚姫セイレーンなどといった輩に対しては、こちらからも非常識な存在をぶつける以外には無いのだ! ──ところで諸君、このふねに存在する、最も非常識な存在とは、一体誰のことであろうなあ?」




「「「……へ?」」」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──こちら『ガーランド1』、これ以上旗艦のビスマルクに、量産型人魚姫セイレーンを近づけるな!」


『──し、しかし、ガーランド隊長、目標ターゲットには、このMe262の大口径30ミリ機関砲すらも、全然効かないんですよ?』


『──ただでさえ、駆逐艦並みに頑丈だというのに、少々損傷しても、すぐに修復しやがるんだから、お手上げでさあ』


『──むしろこっちのほうこそ、弾切れしそうですう〜』




「──こらっ、栄光なるJV44の戦士が、女みたいな泣き言を吐くんじゃない!」




『『『──私たち、全員、女ですううう!!!』』』




 ……いけね、つい『生前』の、ドイツ軍人のつもりになっていた。


 確かに私こと、アドルフィーネ=ガランドを始めとする、魔導大陸特設空軍ジェット戦闘機部隊、JV44の隊員たちは、前世ではドイツ第三帝国の男性パイロットであったものの、現在においては紛う方なく、ほんの十代の少女パイロットに過ぎないのだ。


 とはいえ、男だろうが女だろうが、弱音を吐いている場合じゃないのは、確かであった。


 今にもこの海空共同作戦における旗艦であるビスマルクが、唯一使用可能な主砲までも破壊されて、完全に無力化されそうになっているのだ。


 いくら量産化人魚姫セイレーンたちが、駆逐艦相当の力を有していようとも、甲板上に昇らせなかったら、主砲を破壊することができないので、我々の乗機であるMe262の30ミリ大口径機関砲によって、何とか阻止続けていたものの、不死身の化物に対しては、焼け石に水以外の何物でもなかった。


『──ああっ、隊長! 先ほどビスマルクに特攻した「ばい」のパイロットの人魚姫セイレーンが、自己修復を完了した模様です!』


『──現在右腕を駆逐艦「きよしも」型の砲門にメタモルフォーゼさせて、ビスマルクの主砲を砲撃しようとしています!』


「──な、何だと⁉」


 くっ、万事休すか⁉


 そのように、さすがの私も、すでに万策尽きて、すべてを諦めかけたところ、




『『「──なっ⁉」』』




 何と突然、セイレーンの足下の甲板が爆発して、盛大に海へと吹っ飛ばされたのである。


「あ、あれは、まさか──」


 そして大きく開いた甲板の穴から、ゆっくりと上空へと浮かんでくる、一つの人影。




「……ふふっ、この格好をするのも、随分と久し振りだこと。年甲斐もないったら、ありゃしない」




 まさしく『彼女』の言うように、すでに二十歳はたち絡みとなったその身には、大小様々なフリルやレースに飾り立てられた、スカート部分がふんわりと膨らんだピンクのワンピースドレスは、本来なら不釣り合いなはずだが、なぜだか妙にしっくりとくるのは、それが彼女専用の、『バトルコスチューム』であるからだろうか?




「──待たせたわね、みんな。これまで数多あまたの『悪役令嬢』をこの手で屠ってきた、最強にして最凶の、『非常識殺しキラーの非常識』のご登場よ♡」




 そして、空中に浮かんだまま、手にしたいかにも『ファンシーな幼児用の魔法のステッキ』といった感じのピンクの杖を一振りするや、満を持して名乗りを上げる。




「ある時は、学校出たての、ピチピチのキャリアウーマン(死語)。またある時は、魔導大陸特設海軍史上初の女性提督、カーラ=デーニッツ。──しかしてその正体は、『魔法令嬢、メアリー=セレスト』、ここに見参☆」

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