第46話

『──こちら、特設空軍極地偵察部隊「ブラウェク」、現在「目標ターゲット」は全個体とも、市街地を抜けて、じきに湾岸地区に差しかかる模様!』




「──こちら、特設海軍臨時連合艦隊旗艦『ビスマルク』、了解! 艦砲射撃の準備、全艦とも万端! 空軍の爆撃開始とタイミングを合わす予定ゆえに、よしなに!」




「──ブラウェク1、了解! 即刻、空軍司令部に伝達する!」




 ──よし、空軍との最終的打ち合わせは、これで完了した。


 後は、『本番』を迎えるだけだ。


 そのように、自らに気合いを入れるとともに、私こと、魔導大陸特設海軍初の女性提督である、カーラ=デーニッツは、旗艦ビスマルクの第一艦橋内で忙しく立ち回っている、自分の部下クルーたちのほうへと向き直った。


「──副官! 本艦並びに、ティルピッツやシャルンホルストにグナイゼナウ等の各戦艦、プリンツ・オイゲンやドイッチュラント等の重巡洋艦、そして『Z』ナンバーの各種駆逐艦の、攻撃準備は滞りないか?」


「はっ、全艦の艦長とも、新提督閣下の初陣を何としても勝利で飾らんと、ご下命を今か今かと待ちわびております!」


 筋骨隆々の大男が、幼い頃より『渡洋(=海上)魔法戦隊』での実績があり、魔法令嬢育成学園の高等部卒業とともに、特設海軍に将官職として採用されたために、まだ学生同然の年齢だというのに、提督を拝命することになった、ほんの小娘の前で直立不動で畏まる姿を目の当たりにして、つい苦笑が漏れてしまった。


「皆さん、そうしゃちこ張らないでください。どうせ私なんか、この臨時連合艦隊の士気高揚のための、お飾りの提督であることは、十分承知しておりますので。具体的な作戦行動については、副官を中心に行っていただきますので、ご安心のほどを」


 ──もちろん、こんなことを言うこと自体が、『指揮官失格』の誹りを受けかねないのは、百も承知だ。


 とはいえ、現場の空気を敏感に読んで、適切な振る舞いを行うことも、人の上に立つ者にとっては、何よりも必須の資質なのだ。


 確かに私は、特に海軍にとっての最大の殲滅対象である、『海底の魔女セイレーン』に対する実戦経験が豊富で、こうして海軍に引き抜かれてからも、幹部候補生としての教育を十分に受けており、艦隊司令であることに自信を有していた。


 また、軍隊は言うまでもなく階級社会であり、上位の者が毅然とした態度で下位の者に当たらないと、組織全体が立ち行かぬことになりかねないのも、心より理解している。


 ──だがしかし、同時に軍隊というものは、それが最前線の現場であればあるほど、階級や規律に基づくガチガチの教条主義よりも、その場の情況に応じた臨機応変な対応こそが尊ばれるものであり、私のような小娘が偉そうに指揮を執るよりも、クルーの信頼の篤い古参の幹部に任せたほうが、案外うまく立ち回るものなのだ。




 ……などと、思っていた時期が、私にもありました。




「──何をおっやるのです、カーラ!」


「我々の指揮官は、カーラたん以外には、おられませんよ!」


「このビスマルクの乗組員クルー全員が──否、我が臨時連合艦隊のすべての兵士が、カーラたんのことを、心からお慕い申し上げておるのですぞ!」


「それなのに、副官わたしごときに指揮を任せるなどと、つれないお言葉!」


「カーラたんが艦長を兼任する、ビスマルクの乗組員になるために、どれ程苦労したものか!」


「希望者が殺到して、競争倍率が、とんでもないことになったのですよ⁉」


「何せカーラたんこそは、これまでは女人禁制だった、このむくつけき野郎どもの煉獄、『本当はむさ苦しい、艦隊これくし○んワールド』に舞い降りた、希望の大天使であられるのです!」


「カーラたんが、女性で初めて、我が特設海軍の提督に就任されると聞いて、我々がどれ程歓喜したことか!」


「長きにわたる全異世界の『海軍史』において、『海の男』などと勝手にレッテルを貼られたために、我々の先達がどんなに苦難の人生を歩んできたとお思いか⁉」


「きっとこの気持ちをわかってくれるのは、同じく『女性初の艦長』が誕生したばかりの、現代日本の海上自衛隊の皆さんだけに違いありません!」


「カーラたんは、我々にとって、まさしく『救世主』であられるのです!」


「カーラたんは、我々を、絶望的な『海の男(だけ)の世界』から、お救いくだされたのです!」


「よって、我々海軍兵士一同は、カーラたんのご恩に報いるために、文字通り『身命を賭す』覚悟でおります!」


「どうぞ、我々に、艦隊の勝利のために、『死ね』とお申し付けください!」


「さすれば我らは、最後の一兵に至るまで、ご下命を遂行するまででございます!」




「──カーラたん、万歳!」


「──カーラたん、万歳!」


「──カーラたん、万歳!」


「──カーラたん、万歳!」


「──カーラたん、万歳!」


「──カーラたん、万歳!」




「「「──いざ、この卑しき海の荒くれどもに、ご命令を!!!」」」




 そのように全員で唱和し終えるや、私へと向かって、深々と頭を下げる、歴戦の勇者たち。




 ……ったく。




 道理で、提督の任命式の時、本当なら自分たちの領分を小娘ごときに奪われてしまったことを、心底苦々しく思っているはずのお偉方が、むしろあたかも『おじいちゃんが愛する孫娘を見守るように』、いかにも好好爺然としていたわけだ。


 ──きっとあいつらも、心の中では、「カーラたん、カーラたん、ハアハア♡」とか、「カーラたん、カーラたん、ペロペロ♡」とか、思っていたに違いなかろう。


 ……普通の神経をしている年若き女性なら、なりふり構わずに一目散に、逃げ出すところだろうが、




 しかし、生憎こちとら、自分自身も存在自体が非常識な『魔法令嬢』であり、見かけ上は人間そのままの、悪役令嬢や海底の魔女セイレーンどもを、この手で直接屠ってきたのだ、並の女性の神経なぞ、持ち合わせてはいないのだ。




「──ようし、この度しがたい『萌え豚』どもめが、よく言った! 今から貴様らにふさわしい死に場所を、私が自ら与えてやろう、光栄に思うがいい!」




「「「──JAヤー! カーラたん、ジークハイル!」」」




「今からすぐに、量産型人魚姫セイレーンが、数十匹まとめて現れることになっている、私たちの任務は、その殲滅だ!」




「「「──JAヤー! 殺せ! 人魚姫セイレーンどもを、一匹残らず、根絶やしにしろ!」」」




「だが、油断は禁物だ! 量産型とはいえ、現在艦む──もとい、軍艦擬人化を果たした人魚姫セイレーンどもは、これまで以上に手強いぞ! 特設空軍の爆撃機隊と呼吸を合わせて、一気に叩き潰さなければならぬ! 貴様らのろまな豚どもに、それが可能か⁉」




「「「──JAヤー! 豚は豚なりに、全力を尽くして、必ずやり遂げて見せます!」」」




「よし、よく言った! 貴様らの骨は、必ず拾ってやるからな! ──ではお互い、やすく──じゃなかった、ヴァルハラで再び会おう!」




「「「──JAヤー! ジークハイル! カーラたん、カーラたん、ウーアー!!!」」」




 そして、万雷のごとき歓声と拍手とに包み込まれる、第一艦橋。


 ──まさに、その刹那であった。




「報告します! レーダーにて、多数の飛行体の接近を確認!」




 それは、この部屋でただ一人だけ、ただ今の馬鹿騒ぎに加わることなく、己の任務に黙々と専念していた、電探係の兵士の、


 ──やけに、焦燥に駆られた声音であった。


「む、もう特設空軍が到着したのか? 約束の刻限には、まだ間があるが……」


「──違います! 所属不明機アンノウンはすべて、魔導大陸内部では無く、東方海上より飛来しております!」




「「「なっ⁉」」」




 東方海上からだと? ま、まさか──




「……の、セイレーン?」




 ──そして、大陸史上未曾有の、地獄の戦禍が、始まった。

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