第14話

 ──某辺境世界、大東亜共栄帝国ヒノモト、皇紀2600年。




 何と現在この国では、異世界から人や物を転移や転生させるための、召喚術の類いを全面的に禁止する、『転生法』が施行されていた。




 ……もちろん、皇帝自身を始めとする帝国上層部においても、異世界──特に、科学技術が特段に進んでいる、『ゲンダイニッポン』から『転移者』や『転生者』を迎え入れることによる、莫大なるメリットについては、十分理解していた。


 何せ現在帝国が、この剣と魔法のファンタジーワールドである、広大なる『魔導大陸』東部一帯を統一して、最強の『科学と魔法のハイブリッド帝国』の名をほしいままにしているのも、これまで帝国お抱えの召喚術士に、ゲンダイニッポンから数多あまたの人間たちを転生させて、その超先進的な科学的知識によって、政治や経済や何よりも軍事面において大改革を断行し、経済的にも軍事的にも大飛躍を遂げて、瞬く間に周辺諸国を併呑してしまったゆえなのだから。


 しかし、だからといって、召喚されたゲンダイニッポン人たちが、手放しで歓迎されたわけでは無かった。


 確かに彼らは、『知識』面では優秀であり、特にある特殊な『専門分野』に関しては、恐ろしいほどの情報量と熱意とを持ち合わせていて、その分野においては超天才的な偉業を成し遂げてくれた。


 ……とはいえ、こと『人格』面に限って言えば、もう完全に『ダメダメ』であり、『社会的不適合者』と言う他は無かったのだ。


 もちろんそんなことはあろうはずは無いのだが、彼らにとっての前世であるゲンダイニッポンにおいては、周囲の人間とまともにコミュケーションがとれず、社会から弾き出されて、自分の殻の中にひきこもっていたような……。


 それが、異世界転生なんかを実現することで、新天地ではっちゃけて、彼らの言うところの『オタク』ならではの、自分の得意な分野限定の豊富でニッチな知識を、思う存分発揮することによって、たまたまゲンダイニッポンよりも文明レベルが格段に遅れているこの世界だからこそ、うまくハマって英雄になれただけのような……。


 ……あはは、そんなことなんて、絶対あり得るわけがないのにね! この世界の恩人の皆様に対して、そんな途方もない疑念を抱いちゃ、ダメだよね!


 それはともかくとして、彼らゲンダイニッポン人たちが、性格に難があることに関しては間違い無く、すでに帝国も十分に発展を遂げて、もはや彼らも用無しになったことだし、丁重にゲンダイニッポンへお帰り願う一方で、これ以上の異世界人の召喚は、『百害あって一利無し』と言うことで、全面的に禁止されてしまったのだ。


 まあ確かに、傍目に見てもなぜだか全員が全員、下手すると『人格破綻者』とも呼び得るゲンダイニッポン人を、これ以上召喚することは、社会全般の安寧のためにも、とても好ましいことは言えず、お上の措置は至極妥当なものだと言えよう。




 ──そんな中で、唯一割を食ったのが、僕のような、市井の『個人召喚術士』たちであった。




 実はこれまでこの世界に転生してきたゲンダイニッポン人たちは、帝国が公的に召喚した者たちばかりでは無かったのだ。


 それは、そうだろう。


 下手したら、たった一人のゲンダイニッポン人の持ち得る知識だけで、世界そのものすらも変え得るのである。


 王侯貴族や大商人等の、権力や金がある者たちは、競うようにしてゲンダイニッポン人を召喚して、自分たちの私欲のために散々利用してきたし、そのうちの幾つかの成果については、副次的とはいえ、確かにこの世界そのものの発展にも、大いに寄与してくれたものであった。


 だがそれは帝国当局にとっては、場合によっては自分たちの敵対勢力すらも、とんでもなく強大な力を持つことに繋がりかねないわけであり、実際最後まで帝国に敵対していた北の大国『紅いシロクマ』も、有能なゲンダイニッポン人を多数召喚して、『北方領土ちゃんと返せ大戦争──略して、ほっぽちゃん大戦』においては、壮絶極まりない大祖国戦争を繰り広げたくらいであった。


 そんなこともあり、大陸東部完全平定後において帝国政府は、『アンチ転生法』を施行することによって、市井における異世人界召喚行為を全面的に禁止して、貴族や大商人等の権力者が勝手にゲンダイニッポン人を召喚することで、帝国に仇なすことをけして不可能としたのだ。




 ──そう、あくまでも、は。




 実はこの『アンチ転生法』は、けして帝国の安寧のために制定されたわけでは無かったのだ。


 本当の狙いは、帝国による、ゲンダイニッポンの超最先端の技術力の、なのであった。




 ゲンダイニッポンの故事でわかりやすく例えれば、かつての江戸幕府による『鎖国』政策とは、何も、海外の政治的経済的宗教的影響を完全に遮断してしまい、その結果当時の日本の文化レベルが欧米先進国に比べて、文字通り数百年レベルの遅滞を招くことになった元凶である──わけのだ。


 むしろ江戸幕府のみが、当時世界屈指の先進国であるオランダと交易することによって、最先端の知識を得るとともに、日本独特の希少なる工芸品や絵画等を売りつけることによって、高度な技術や莫大なる富を独占していたというのが、真相なのである。


「……いや、当時日本とオランダとの間で、細々と行われていた交易なんて、大した利益は得られないのでは?」などと思っていては、まさしく『素人の浅はかさ』以外の何物でも無かった。


 こういった『独占的貿易』においては、その交易量が少ないほど、莫大な利益を生み出すのである。


 だからこそ江戸時代においては、『抜け荷』によって大儲けをする悪徳商人が後を絶たなかったのだし、幕府がその対策に躍起になっていたわけなのだ。


 ──そして何よりも、その江戸幕府を打倒したのが、属国同然の琉球を通じて大手を振って海外貿易を行っていた、薩摩藩だということこそ、必然の結果であるとともに、歴史の皮肉とも言わざるを得ないであろう。




 もちろんそれは、現在のこのヒノモト帝国においても、同様であったのだ。




『アンチ転生法』で表向きは、すべての召喚行為を禁止しながらも、帝国お抱えの召喚術士たちには、相変わらずゲンダイニッポン人たちを転生させて、最先端の科学技術を得つつ、その一方で、他の権力者たちがこっそりとゲンダイニッポンの知識を手に入れることの無いように、市井の召喚行為に対しては、厳罰をもって当たることにしたのだ。




 ──しかし、同じく『世の習わし』として、禁止すればするほど皮肉にも、その価値は高まるばかりであった。




 お陰様で、『アンチ転生法』施行以降、僕らのような市井の召喚術士は、秘密裏に大貴族や大商人に依頼されて、主にゲンダイニッポン人の召喚を行うことで、莫大な報酬を得たのであった。


 何せゲンダイニッポン人のもたらす最先端の技術は、工業や商業の方面において、絶大なるアドバンテージを与えてくれるものだから、野心家のお大尽たちがこぞって、召喚を依頼してきてくれたのだ。


 まさしく、『アンチ転生法』様々であった。




 ──少なくとも、、だけは。




 そう、他の何者よりも、ゲンダイニッポン人の召喚の『うまみ』を知っている帝国政府が、このような市井の動きを、見過ごすはずが無かったのだ。


 何せゲンダイニッポンの最先端の知識は、帝国にとっては、文字通りの『両刃の剣』なのだから。


 政治や経済においては言うに及ばず、中でも特に、『軍事』においては。




 ──そして、反帝国勢力が、ゲンダイニッポンの各種技術を用いて、苛烈なテロ活動を起こすようになってからは、帝国側も、武力行使すらも辞さない、徹底的な弾圧を行うようになってしまったのである。




 もはや、実際に『アンチ転生法』の違反行為を行っているか否かにかかわらず、召喚術士と言うだけで捕縛されて、問答無用に処刑されるようになってしまったのだ。


 何せ帝国自体は、有能なるお抱え召喚術士を大勢確保しているから、民間の召喚術士を根絶やしにしようが、何も困らないしね。


 もちろん堪ったものでなかったのは、当の僕たち、『民間の召喚術士』であった。


 大貴族や大商人等の権力者に専属している者たちは、雇い主が政府と懇意な関係にあれば、辛うじて身の安全が保障されていたが、僕のようなフリーランスの召喚術士たちは、真っ先に捕縛の対象となり、仲間たちが次々と刑場の露と消えていく有り様であった。


 とはいえ、専属召喚術士を召し抱えるまででは無いものの、僕らのようなフリーランスの召喚術士を雇えるほどの財力を持つ者たちも、それなりに権力を有しているし、しかも自ら召喚に手を染めたことを吹聴するはずも無く、僕たちに当局の手が伸びることは、そう滅多にあることでは無かった。




 しかし、僕を雇ったことのあるさるお大尽が、たまたま反帝国組織ゆかりの召喚術士と関わり合いがあったことが発覚したために、芋づる式に僕自身も召喚術士だということがバレてしまい、慌ててこれまでずっと根城にしていた帝都を逃げ出したのだが、執拗なる追っ手──すなわち、帝国国教たる聖レーン転生教団の異端審問第二部からは、逃れることなぞ不可能とも言えて、もはやその運命は風前の灯火ともなっていた。




 それでも、何よりも『召喚術』士である僕には、『最後の手段』が、残っていたのだ。




 帝国や教団が、どこまでも僕のことを追ってくると言うのなら、その強大なる帝国兵士や教団の魔術師からなる追っ手を、ひとひねりに叩き潰すことのできる、文字通りに『最強』の存在を、異世界から召喚すればいいだけの話なのだ。

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