トイレ

今日は、リリア・ツヴァイが体調を崩していたことを考慮して、彼女にはずっとリアカーに乗ってもらっていた。そんな彼女は、リアカーに揺られながら周りの木々を眺めていた。


草原地帯から森林地帯へと入ってきたのだ。この辺りはまだそれほど背の高い木が多い訳じゃないけれど、これまでに比べれば景色もかなり違っている。空気も更に湿り気を帯びてるようだ。


こういうところでは人間はつい深呼吸をしてしまったりするんのだろう。彼女も両手を広げて胸を開くようにしてスーッ、ハーッと深呼吸を行った。草原に比べて有意な差がある訳ではないけれど、それでも人間はそれを心地好いと感じるらしい。彼女が精神的に穏やかになっているのが分かる。


その時、私の視線の先に人工の構造物が見えてきた。コンビニだ。急速充電スタンドもある。私の地図情報には入っていなかった。私の取得したデータはあの事件が起こる直前の最新のものの筈だったけれど、それでも新たに更新される前にできた店舗などはあると思う。


近付いてみると、やはり<本日オープン>の垂れ幕が掲げられていた。あの事件が起こっている真っ最中にオープンし、そしてそのままになってしまったんだろう。


きっとこういうこともこの惑星ほしのあちこちで起こっていたんだろうな。


しかしせっかくなので、食料と飲料水の補充及び、医薬品の回収を行うことにした。


「トイレ…」


そう言ってリリア・ツヴァイがトイレのドアを開ける。「あ!」と彼女が声を上げた理由を、私も同時に察していた。すぐさまバックヤードに入り、業務用の掃除機を手にしてトイレへと向かった。トイレの中に、学生服らしき服と塵の山があった。トイレの中で発症して、そのまま出られずに朽ち果てたんだと思われる。


<動く死体>は、生きている状態に比べるとずっと緩やかだけど代謝を行っており、その為には当然、食料が必要になる。生き物なら大体何でも食べるけど、さすがにトイレの中には食べられる生き物はいなかった訳だ。食料が摂取できないとやがて自分自身の体を分解し始め、そしてついには塵になる。そういう奴らだった。服は取り敢えず外の雑誌コーナーの陳列棚に掛けて、塵は掃除機で吸い取った。かつて人間だったものを掃除機でなんてと人間は思うかもしれないけれど、他にどうしようもなかった。


リリア・ツヴァイがトイレで用を足している間に、私は、店舗の裏に回ってシャベルで穴を掘り、掃除機の中身をそこにあけて、服も畳んでそこに置き、埋めた。枯れ枝の細かい部分をもぎ取って一本の棒にして、墓標代わりにそこに突き立てた。


「……」


すると、トイレを終えた彼女が私の隣に来て、黙って手を合わせたのだった。


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