第37話:連携
彼はもう元に戻らないのか、戻る可能性は存在しないのか。
涼と結姫が抱き続けてきた葛藤であり、その末に罪悪感を抱えて幾多もの最終発症者を打倒し続けてきたのだ。
だが、今回のハーミットの意志の固さは幾ら言葉を尽くしても変わらない。
コミュニティーの形成を拒んだことによる最終発症は、存在しない大切な誰かの言葉をしても止まることはない。
そして、ハーミットが掲げる歪んだ正義は彼の変化を加速させている。
自分の為に他人を救う、その思いがあまりにも異常な方向性かつ強すぎた。
もう、彼が人間になることができる術はないのは明らかだ。
まだ人間を殺すまでの凶悪犯罪に手を染めてはいないし、命を奪われる程の罪をこの男は犯していないのに。
いや、それ以前に他人を裁く権利など、本来なら涼は持たないはずなのだ。
「他人を救う方法なんて幾らでもある。ここで思い直して人間に戻ってくるなら余計な戦いはしなくて済む」
「普通のやり方じゃ俺は元に戻れない。だったら、この力を使って出来ることをやるだけさ。皆も自分の出来ることをして、自分らしく生きてるだろ?」
異常へと踏み込んでしまった精神を元に戻す為に他人を救い、それがMLSを加速させる皮肉さに涼は拳を握り締めた。
出来れば殺したくはない、だが———
「……そうか、それなら俺もこうするしかない」
結姫と共に起動した
二人の役割は何度も繰り返した中で決まっており、結姫は身を沈めるなり一瞬で周囲の足場を選定して跳び方を見定める。
同時に彼女の髪が黄金に変化し、瞳も美しい紅へと変わっていく。
「……まさ、かッ?」
ハーミットの表情に歓喜と期待が乗りかかった時、アスファルトの道路に破壊跡を残して結姫は容赦なく突っ込んだ。
未だに憐憫の情もあるだろうが、彼のように化け物に成り果ててしまえば生きられないと知るが故に彼女は疾駆する。
腕に纏うは飛鳥の爪にも似た両腕の装甲、その一撃にハーミットはいとも簡単に人間では出せない回答を以て応じた。
後退する予備動作を入れながらも、素早く真横に跳んで回避。
勢い余った結姫は強引に爪を地面に叩き付け、地面を抉った勢いで強引に停止をかけるとハーミットの行方をすぐに捉え直す。
ハーミットは予想以上に頭の回転が速く、結姫を過小評価はしなかった。
前傾姿勢から凄まじい速度の突進を予知、見事に前進を誘った後に回避をほぼ完璧に成功させた。
「それでも———」
涼は知っている、結姫が最も優れているのは
それを制御できるだけの驚異的な瞬発力を、電磁力でサポートするだけで文字通り自在に跳び回る飛鳥と化す。
確かにハーミットの身体能力は結姫にも迫る勢いだが、こと運動能力に至っては結姫に勝る者は存在しないだろう。
「捉まえ……たッ!!」
結姫は真横に跳び直すと回避を成功させたハーミットへと跳躍する。
その爪の一撃を左腕で辛うじて受け流すと、ハーミットはぐしゃりと半壊した腕を抱えて距離を取っていく。変質した腕の硬度で耐えようが、時間を置いて致命的な損傷以外は再生させようと無駄だ。
ここで倒せば全てが終わると、結姫は更に電信柱を傾かせながら更に跳んだ。
その、刹那のことだった。
「えっ……?」
轟音と共に結姫の爪が、地面に容赦ないクレーター状の傷を残す。
しかし、そこに存在したはずの敵の姿はなく、狙撃の隙を伺っていた涼の目にも唐突に掻き消えたようにしか見えなかった。
だが、ひりついた空気がハーミットはまだこの周辺にいるとを告げてくる。
「……ッ!!」
その見えない襲撃を結姫が躱したのは、彼女の極限まで研ぎ澄まされた感覚のおかげだった。
空気のわずかな震えを察し、結姫は咄嗟に左腕の装甲を盾にして刺客の一撃を防御することに成功している。
それでも後ろに吹き飛ばされたものの、体勢を立て直して着地する結姫。
恐らくはこれがハーミットが獲得した、その名の通りの能力だろう。
どんな原理を使っているのかは涼も知らないが、肉体の変質が進み続けた果てに人を捨てている証・独自の性質が発現した。
最終発症の中でも更に最終段階に至りつつあり、この透明化の能力を突破しなければ捕縛も打倒も不可能だ。
「結姫、避けろ!!」
相手に肉体的な概念があることは明らかで、そこさえ確実ならば見つける手段は至極簡単だろう。
少し荒っぽいが、涼の持つ銃型兵装の破壊力ならば。
「……
斜め前の地面を狙い撃つ電磁力で加速された弾丸が、地面に容易く穴を空けて埃をぶわりと舞い上げる。
千花の時に使った貫通力重視の弾とは別の弾を今回は装填してあり、炸裂弾に近い性質を持つ特殊弾丸だ。
だから、事前に範囲を知っている彼女には避けろと忠告した。
炸裂弾の威力のみでハーミットを倒すつもりはなく、狙いはアスファルトを貫く際に発生させる砂埃だ。
肉体さえ存在しているのなら、そこに何かがいることは砂埃の様子で解る。
結姫が前線で戦う間に、相手との戦い方を練るのも涼の仕事だ。
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