第27話 美川秀信さんとの邂逅 序章

 十分見学したので最初の駐車場に戻ってバスを待ちながら、地元の人の話を聞く。

 金栗さんは奥さんとは終生仲がよく、ネクタイを直してもらっている写真が残っていたこと。

 田圃を刈り取ったり、90歳になるまで6kmほど毎日走っていた事。晩年は1kmに距離が減り、最後には産業交通バスを利用していた事。


 年をとるというのはこう言うことなのだろう。

 ドラマ館では元気はつらつとしていた人物が、老いてもうこの世にいないという事が非常に寂しく感じる。

 遠い昔の人の死と違い、つい最近まで生きていた人だ。

 年齢的に今の私のおじいちゃんと同じ年に亡くなられた事になる。


 金栗四三という人物はドラマで取り上げられなかったら死ぬまで知らなかった人物である。だが今では彼がどのような生涯を送り、ドラマではどのように描かれるか非常に気になる。


「戦国時代と違って晩年を実際に見た人がいるって本当にスゴいですねー」


 もう何度も言ったせりふ朝美ちゃんは待合所のボランティアガイドの方に言っている。

「わしらも、あのご近所さんだった金栗さんがこうしてドラマになるとは思ってもみなかったです」と返答がくる。

 ああ、ここの土地の人にとっては「大河ドラマの主人公 金栗四三」ではなくて「近所に住んでいた優しいおじさん」なのだなぁ。

 ドラマだと本当にすごい人だったんです。

 ドラマがすばらしくて、私は初めて大河ドラマの聖地巡礼をしようとここまで来ました。

 と朝美ちゃんは熱弁している。

 言い方は悪いが狂信者ってこんなものなのだろう。

 あまりにも興奮していて、伝えたいことが多すぎるのに口が追いついてないのがわかる。

 

 まあ、ご近所のボランティアガイドの人に伝えても仕方がないことだと思うが。

 

 ひとしきりお話をしていて、そういえば。と前置きをして朝美ちゃんは急に


「そういえば金栗さんの同級生だった美川さんってご存じですか?」と尋ねた。


 そう言われておじさんは、首をひねり

「いやー。あの人はこっちの人じゃなかけん、あんまり話を聞いたことはなかですねー」

 とすまなさそうに言う。

「そうですかー、ここは生家じゃなくて養子に来たところですもんねー」

「いや、和水の人じゃなかったらしいとよー」

 へー。近所でないとやはり情報は断絶するのだなぁと思った。

 まあ、個人の家のプライバシーに関わる問題もあるだろうし遺族の方もいるだろうし、近代だから語られない事というのもあるだろう。


 夏目漱石の友人も、漱石の死後プライベートに関する情報は燃やしたり絶対に語らなかったというエピソードが「先生と僕」というマンガで紹介されていたものである。


「あ、でも。美川さんって一年で学校辞めて熊本に戻ってきたったい。んで、たしか地元ではオートバイか自転車に初めて乗ったということで話題になったらしいばい」

 と、お話がきけた。


「へー、大分でも大分今昔って本に、将来大分バスの社長になった方が子供の時に大分で一番最初に自転車に乗ってニュースになったって書いてたし、当時はとても珍しかったんですねー」

「そぎゃんとですよー。結構新しいもの好きで、地元ではみんなから愛されていた人だったっていうのは聞いたことがありますばいねー」

「わー。ドラマだとヤクザの恋人と駆け落ちしたり、金栗さんの奥さんから害虫扱いされたり、第一部の最終回に登場しなかったり、ひどい扱いだけど実際は愛されキャラだったんですねー」と、興奮しながら朝美ちゃんは目もしながら聞いている。

 ご家族の方、よく許したな。


 #美川家の心が太平洋より広い

 というハッシュタグが一時人気になるほど誰もが『遺族の人本当によくOKだしたな』と言う位、落語の与太者のような汚れキャラになっていた。

 だからこっそ多くの人に愛され、最終回や総集編でも「あれ?美川君いない?」

「あそこに幻が見えなかった?」などと皆が心待ちにするほどの人気キャラとなったのだが、当時はまだ行方不明の状態だった。


 ちなみに、これが後にものすごい情報を引き当てる契機となるのだが、当時はそこまで発展することになるとは思わなかった。

 ただただ、当時消息不明だった市井の一般人のその後が少しだけ知れた事に満足していただけだったのである。


 そんな話をしていたら周遊バスがやってきたので我々は、念入りにお礼を言ってバスに乗り込んだ。

「もう少し、お話したかったねー」

 と言っているとバスから「あれ?お客さんたち、一本遅らしたの?」と声がする。

 みればここに来る際に送っていただいた運転手の方だった。

 そのため帰りは適度に世間話をしながら楽しく帰ることができたのだった。


 このとき時間は、14時30分。

 ドラマ館に着くと15時となる。


 和水町への最終便はタッチの差で出発している。おそらく今日は間に合わないだろう。


「これからどうしようか?」と朝美ちゃんに聞こうとしたらスマホを片手に


「時間的に厳しいのでこのまま帰るか博多に行くか、生家に寄るか、行き先ガチャはっじまっるよー #ゆるふわ熊本旅行」


 などというふざけた投稿をしていたので、頭をぶん殴っておいた。


結局ドラマ館の最終便には間に合いませんでした。


今考えると、ネットで周辺のホテルを検索すれば良かった

。そうすれば、駅の近くにホテルがあることが分かったのだから。

それに時間的に余裕があったのだから玉名ピアに寄って、ゆかりの品々をこの時見ておくのも良かっただろう。

さらにいえば、次の日が休みなのだから一日追加で止まって和水町へ行けば本当に良かった。

どれもこれも後悔だらけの旅になった。


だがそれもこれも実際に行ってみたからわかることである。

しっかり計画を立ててスケジュールを組んで旅をしていたら、そもそも熊本には来ていなかったかもしれないし、ここまでディープに金栗四三という人物に触れる事もなかっただろう。


振り返れば改良点だらけの旅だったが、これから経験を積んで旅上手になりたいものである。

「本音は?」

「二時で最終便とか早すぎでしょ。バスの人も間に合わないなら玉名ピアとかおすすめしてくれれば良かったのに…」

「うん未練たらたらだったね」


次話は失敗だらけの感想戦である。

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#ゆるふわ無計画旅行 黒井丸@旧穀潰 @kuroimaru

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