第10話
地下の岩牢に幽閉されてからというもの、いったいどれ程の日数が経ったのだろうか。
五日を過ぎた辺りから日数の感覚が、分からなくなっていた。
地下にいるために、陽の光を見ることがない。
今が朝なのか夜なのかも判断できなかった。
地下には光を司る精霊が明かりを燈していた。
その光だけが永遠にこの暗闇の地下牢を照らし、変化のない永遠の時間をこの先も明かりを照らし続けるのだった。
闇の森のエルフ族の宮殿の地下牢にウィリアムたちは捕らえられてから、一度だけ闇の森のエルフ族の王ヴェンデルベルトに面会する機会を得たが、ここから永遠に出ることを許されないということを告げられた。
エルフ族にとって人間が生きている僅かな年数など、瞬きの間の出来事でしかない。
死ぬまでの間、この何も変化もない地下牢に繋がれることとなったのだった。
それは、ウィリアムたちが生き続ける間は殺されることはないということではあるが、己が死ぬまでの間の数十年間この変化のない場所で生き続けられるという保障は何もない。
己の精神が崩壊し、生きる屍のようになって命尽きるまでこの狭い地下牢にいるか、自らの命をこの地下牢で絶つかのどちらかが最終的に突きつけられた選択肢なのではないかということを考えさせられる日々であった。
もう生きてはここから出ることは叶わない。
父ユアン、母アリスン、兄グラントに再び会うことはできないのだ。
そして今は亡き妹エレナにはもう二度と会うことはできない。
ウィリアムは己の未熟さを呪った。
深い森のエルフ族ユーリア、廃墟の地下王宮のドワーフ族イムリ、記憶を失った少女ディヴィナを巻き込んでしまったのだ。
後悔しても後悔しきれない。
仲間となってくれた者たちの人生を、今後は命尽きるまでこの冷たい地下牢で過ごさなくてはならなくしたのは紛れもなく愚かな自分のせいなのである。
「私のために皆の命を危険に晒してしまったのだ」
絶望しかない嘆きの言葉が、冷たい岩肌に吸収された。
皆を助けるためにどうすればいいのか、それだけをここ数日考えていたが何も得策は得られなかった。
人間よりも優れているエルフ族を相手にしては、何もかもが愚策にさえ思えた。
ウィリアムはそれでも何かを考えずにはいられなかった。
考えている間だけは、この変化のない地下牢の途方もない虚しさから逃れることができたのだ。
「愛しているわ。わたしの王……」
ウィリアムの頭の中に直接語りかけてくる言葉があった。
辺りを見渡しても周りの牢獄に投獄されている仲間には聞こえていないのか、各々が岩の牢獄の中で過ごしていた。
気のせいかを思い、再び己の考えにのめり込み始める。
「わたしの王……」
再び、ウィリアムの頭の中で声が聞こえた。
自分の弱さから精神的に疲弊してしまい、幻聴が聞こえたのではないのかとさえ思ったのだ。
ウィリアムはこの地下牢で己の末路は、精神錯乱で幻聴や幻視に悩まされていくのだと悲観的に考えていると、牢獄の中に一人の女性が姿を現した。
ウィリアムは幻視を見ているのではないかと思い、何度も己の瞼を擦ったり、頭を振ったりした。
しかし、目の前の女性は消えることはなかった。
己の頬を両手で力一杯平手打ちしたが、痛みははっきりと感じるが、目の前の女性は消えることはなかったのだ。
「わたしの王……」
目の前の女性は確かにウィリアムのことを呼んでいるようであった。
「あなたは…… いったい…… 何者ですののですか?」
ウィリアムは目の前の女性がまだ現実の人物なのか、幻の人物なのか判断しかねていた。
「わたしは”黒衣の魔女”と呼ばれています。あなたはわたしの王なのです。いままでの出来事は全てがあなたのために時代が用意したことなのです」
黒衣の魔女と名乗る美しい女性は、妖艶な笑みを湛えていた。
氷のように冷たい目がウィリアムを見詰めていた。
その鋭利な刃物のような瞳の奥には憂いを秘めているようにも思えた。
ウィリアムは目の前の女性は自分を迎えに来た”死神”なのではないかとさえ思った。
どうして、この女性は突然現れたのかは解らない。
「わたしにどうしろというのですか?」
混乱しながらもウィリアムは平静を装いながら、目の前の美しい女性に訊ねた。
「あなたの望みをわたしが叶えます」
黒衣の魔女は静かに答えた。
ウィリアムは目の前の女性の言葉に縋りたいという思った。
たとえそれが罠であったとしても、今はそれでも十分すぎるほどの希望に思えたのだった。
「ここから出たい! 仲間も一緒にだ!」
身を乗り出しながら、ウィリアムはこの言葉を吐き出すように叫んだ。
「ここから出ることは容易です。あなたがそれを望むのなら」
黒衣の魔女はそう答えた。
そして、これから魔法を使うため、その魔法の力を拒まずに受け入れるように周りの仲間にも伝えて欲しいと言った。
ウィリアムは仲間たちに事の成り行きを簡単に説明した。
そして、黒衣の魔女の言葉どおりに己の中に魔法の力を拒むことなく受け入れるように伝えた。
深い森のエルフの娘ユーリアは、黒衣の魔女の言葉を信用してはいけないと忠告を狼の王の息子ウィリアムに伝えた。
だが、ここから出る方法は突然姿を現して助力を申し出てきた魔法使いの言葉に今は縋るしか方法はないのだと、ユーリアも渋々ではあるが納得してくれた。
黒衣の魔女は手に握っている歪な形をした杖を天井に向けて掲げた。
そして、複雑な魔方陣を身振りで宙に描いた。
古代語魔法の詠唱が始まると、ウィリアムたちの体は光に包まれていき、透きとおっていくのが分かった。
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