第十六話 公爵様のお願い事。

 

「それはまたとんでもない情報だな」

「おや、あまり驚いていないね」

「もしや……という可能性を考えていたからだ」


 冷静なお師匠様と違って私は開いた口が塞がらない。


「それはつまらないなぁ」

「トムリドルがエリザベス先生の補佐をしていたとはいえ、全幅の信頼を寄せられていたわけではない。あれだけの集団を手引きするなら相応の権力が必要だ」

「ちぇっ。折角苦労して調べた情報だったのにな」


 面白くないと、ニールさんは口を尖らせる。

 この人の判断基準って面白いか面白くないかのどっちかしかないの?


「あの事件って終わったんじゃないんですか?」


 エースやジャック達が国の騎士達と一緒にトムリドルの自宅を捜査したり、シザース侯爵家と繋がりある貴族を調べたりしたという。

 その取り調べが終わって、首謀者であるトムリドルが死んだ事で事件は終息したはずだった。


「公にはそうなっているね。ただ学園内部については深い所まで調べられていなくてね。ピーター・クィレルだったかな?彼が逃亡先にシンドリアン皇国を選んでいた話は知ってる?」

「はい」


 ソフィアを攫ったピーター・クィレルはトムリドルが学園を支配するまでの間、海の向こうへ身を隠そうとしていた。


「その船が停泊していたのがヴラド公爵領ってわけさ」


 へぇ、私とお師匠様が旅の序盤に滞在していた場所はヴラド公爵家の領地だったのね。

 地図だと町の名前しか載っていないし、貴族とは会いもしなかったから覚えていなかった。


「でも、それだけで支援者と決めつけるには根拠がないんじゃないですか?」

「それがね、泊まっていた船について調べると不思議な事が分かったんだ」


 不思議な事?


「港を管理している役人も、逃走用の船を用意していた船乗りも、誰も船の行き先を知らなかったんだ」


 シンドリアンに行った経験が無いからピンとこないけど、逃げるために用意されていたのはそこそこの大きさで、漁師たちが魚を獲る船とは大きさが全く違うらしい。


「行き先がシンドリアンだと判明したのはトムリドルの自宅を捜査して犯行の計画書が見つかったからなんだ。それまでは行き先も不明の変な船が泊まっている

 としか思っていなかったんだとか」


 ただ単に港町の人がうっかりさんだっただけじゃないの?


「ヴラド公爵家は仕事がクソ真面目でね。その下で働く役人達も勤勉なのさ。それなのに逃走用の船だけノーマーク。おまけに関係者の記憶もあやふや」


 まさか、みんなが記憶喪失にでもなったっていうの?

 そんな魔法みたいな事………っ!


「闇魔法だな」


 そうよ。闇魔法ならそれが可能だ。人の記憶を奪うなんてマネができる。


「当初は僕らも調査する中でトムリドルが例の宝玉とやらを使って闇魔法を使ったと思っていた」

「だが、違ったと?」

「船を用意したと思われる前後にトムリドルは魔法学園から外に出ていない。遠隔で魔法を発動させたのかとも考えてマグノリア理事長から渡された魔法具の調査結果を見たけど、あの手鏡の最大効果範囲はせいぜい学園内規模が精一杯だった」


 となれば、闇魔法を使った容疑者からトムリドルは消える。


「そしてその当時、学園内にいなくてアリバイの無い人物がいた。珍しく孫の顔を見たいと実家に戻っていたジェリコ・ヴラドが捜査線上に浮かんだのさ」


 先日の授業で見た闇魔法。そして公爵家クラスの魔力。

 地元にいても不自然と思われずに魔法を使えるとなればその説が濃厚だわ。


「ヴラド家は水魔法火や水の魔法適性を持つ人間が多いけど、闇魔法を使えるのはジェリコ・ヴラドただ一人なんだ」

「それじゃあ、ジェリコ・ヴラドをさっさと捕まえれば全部解決なんですね!」


 あのおっさんがいなくなればお師匠様も大助かりね。

 意地悪そうな顔をしているとは思っていたけど、とんでもない悪党だったのね。


「それが出来ないから頼みに来たんだよね」

「え?どうしてですか?」


 もう王手で詰みなんじゃないの?


「証拠不足か」

「そうさ。闇魔法を使って記憶捜査をしたのはジェリコ・ヴラドが有力なんだけど、アリバイが無いという事しか判明していない。探せば他に闇魔法を使える人物がいるかもしれない。一番困るのは動機が不明なんだよね」


 困ったなぁ、と腕を組むニールさん。


「トムリドルが学園を支配したら理事長にしてもらえるから……とかじゃないんですか?」

「それだとジェリコ・ヴラドにとっては利益が少ないんだよ」


 お師匠様の失敗を利用してマグノリア理事長を辞めさせようとしているのに???


「あの男の持つ最大の武器である強力な影響力は貴族派のリーダーであり、自らが公爵家の人間であるからこそのものだ」

「それがトムリドルの支配した学園だと、王国側と敵対するわけだから影響力を失っちゃう。実家であるヴラド公爵家も魔法学園の恩恵を受けられなくなって、悪い事だらけさ」


 あくまでもジェリコ・ヴラドが理事長を目指すのは今の王国との関係性だから。

 学園が無くなればただの闇魔法が使えるだけのおじさんになってしまう。


「他に理由があったなら別だけどね。そんなわけで、現状で逮捕しても冤罪だった場合にしっぺ返しを受けて袋叩きにされて貴族社会にいられなくなっちゃうんだよね。本当に厄介な人だ」


 そういう理由で学園の外の人は動けない。

 調査する騎士やニールさん、エリスさんの実家であるカリスハート家も慎重になっているみたい。


「それで、同じ理事であり貴族でも無いマーリンに白羽の矢が立ったのさ」

「貧乏くじの間違いだろう」


 ニールがお師匠様を指差し、お師匠はその指を振り払った。


「友達である僕を助けると思って、調査に協力してくれ!何でもするからさ」


 手を合わせて頭を下げるニールさん。

 とても公爵家の当主とは思えない頼み方だ。

 あと、その言い方はマズいわよ。


「何でもすると言ったな」

「え、あ、うん」

「ならば調査結果次第では相応の礼をしてもらおうか」


 言質は取ったぞ、と悪い顔で笑うお師匠様。

 自分が何を言ったのか思い返したニールさんが焦ったように弁明する。


「僕が出来る範囲でね?しかも、あんまり困らない程度でね?」

「心配するな。魔法学園内に建物を一軒建ててもらうだけだ。……一等地にな」


 ひぇ、とニールさんの口から声が漏れた。

 魔法学園は土地が肥沃で、最先端の技術が集まるおかげで地価が高い。

 普通に生活している分には寮があるから何も困らないけど、個人で何かを建てようとするとかなりお金がかかる。

 なので、お店を出したりする人は今ある空き店舗を利用したり、代々受け継がれてきた店を譲り受けるのが一般的。


 ブルジョワじゃないと新築を一等地になんて考えない。

 公爵家ともなれば無理難題では無いだろうけど、他所の土地にお金をドカンと落とせば何かしら文句を言われそうね。


「……善処します」

「交渉成立だな。調査の件は引き受けるとしよう。ただ、結果に期待はしない方がいいだろう。私もジェリコ・ヴラドには嫌われているからな」


 そうだった。同じ理事とはいえ、エリちゃん先生の後釜で妖精とのハーフで貴族じゃないお師匠様って超がつくレベルで嫌われてるじゃん。

 嫌がらせのために授業を引き受けるくらい敵対しているのに、調査も何もあったもんじゃない。


「そこは考えがあるんだよね」

「何だと?」

「用は貴族であり、学園に教師としているジェリコ・ヴラドに近づける存在を手足に使えばいい」

「相手は並の者では敵わない」

「いるじゃないか。ジェリコ・ヴラドに何かされそうになっても対抗できる上に、しっぺ返しをされそうになっても逃げる事が出来そうな人材が」


 難しい顔で悩むお師匠様とは対照的に、これ以上になく張り付いた笑みを浮かべるニール・ダイヤモンド公爵に、私は背筋がゾクゾクした。




















「すまないな。折角の休日だというのに」

「本当ですよ」


 キャロレインの元へ向かうニールさんを見送り、屋敷の中には私とお師匠様の二人だけになった。

 当初の目的なんてどっかに飛んで行きそうなぐらい濃ゆくて頭が痛くなる話だった。


「それにこの現状じゃ、ゆっくりも出来ません」


 窓を開けて室内を換気する。

 埃っぽさがする悪い空気を入れ替えないと。


「仕事が落ち着き次第、手をつける予定だったのだが」

「その頃にはお屋敷がダメになってそうですよ」


 二人で廊下に放置してある荷物を持ち上げ、それぞれの場所に移動させる。

 優先順位はお師匠様の寝室、キッキンと生活に必要な場所からだ。


「キッキンを使った形跡が無いんですけど、普段は何を食べているんですか?」

「……近くの店で売れ残りのパンを買って帰ったり、送られてきた菓子を仕事しながら食べたりしている」


 あぁ、やっぱりこの人を一人暮らしさせちゃダメだ。


「そんなのばっかりだと体を壊しますよ?栄養バランスには気をつけないと」


 私は学生寮で食べているし、寮での食事はソフィア達が栄養バランスやアレルギーを把握して用意している。

 毎食あるし、パンも焼きたてだ。


「庭の方も、アリアが世話している畑以外は雑草がかなり伸びてます。花壇もあるんだからお世話しないと学生から幽霊屋敷だなんて言われますよ?」


 お屋敷の雰囲気も悪くないし、広さも十分なんだから勿体ない。

 小言を言いながら寝室に入ると、そこにはシーツすら敷かれていない布団があった。


「お師匠様、普段はどこで寝ているんですか?」

「そもそも屋敷には週一でしか帰って来ていないし、睡眠は書類を整理しながらそのままイスに座って寝ているな」


 しれっとブラック企業に勤める社畜みたいな事を言い出したお師匠様。

 その顔をよく見ると目の隈は濃くて、頬も少しやつれている。


「最後に寝たのは?栄養剤の頻度は?」

「……三日前だ。頻度は一日に数本だな」


 ほほぅ。つまりこの人は私とのデートや交流よりも仕事が重要で、なおかつ馬車馬のように働いていると。

 それも一人で。


「効き目が薄くなってきたので更なる効果があるものを調合しなくては……」


 休むという選択肢が頭から抜け落ちているのか、畑にある薬草のリストを口に出すお師匠様。

 きっとこのまま新しい栄養剤を飲んで、明日からの授業に臨もうとしているのだろう。


 なるほど、分かったわ。


「お師匠様。ちょっと失礼しますね」

「む。なんだ急に」


 私はお師匠様に正面から抱きつき、背中に手を回した。

 ピタリと体を密着させて逃げられないようにする。


「この距離なら防げませんよね。『とにかく眠りなさい!』」

「なっーーー」


 咄嗟の闇魔法に対抗出来ずにお師匠様の意識は途切れた。

 いつもなら素早く反応するのに、今日は動きが鈍かった。


「世話がやけるんですから」


 ガクリと力が抜けたお師匠様を受け止める。

 後はこのまま身体強化の魔法を使ってお師匠様を持ち上げてベッドに転がす。


「ちょっとは私を頼れつーの、バーカ」


 嫌な夢でも見ているのか、うなされ出したお師匠様のおでこを指で弾く。


『【ママおこってる】』


 さて、とりあえずこの旦那様が起きるまでに最低限の手入れをしようかしらね。

 私は手首に付けていた水玉のシュシュを使って邪魔にならないよう髪をまとめるのだった。



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