クローバー伯爵領での日々。その2
「養父さん。話って何?」
学園での一年目の生活が終わって少し経った頃、僕は養父であるクローバー伯爵に呼ばれて、執務室に居た。
家族同士で顔を合わせる事は毎日しているのに、わざわざこうして夜遅くに僕だけを呼ぶという事は、クローバー家にとって何か重要な話があるのだろう。
姉さんはマーリン先生の元へ嫁入りするので、養子であり男児である僕が伯爵家の跡取りだ。
リーフは生まれた時から跡継ぎ争いに参加させるつもりが無いと両親は言っていたからね。
「実はなクラブ……」
机を挟んでソファーに向かい合って座る養父の目はいつになく真剣だ。
まだ未熟者の僕には分からない苦労を知っている大人の雰囲気を感じた。
「……ぶっちゃけ、マーリン殿のシルヴィアの婚約が不安なんだがどう思う?」
「はぁぁぁぁ……」
全身から脱力するように、僕は深く長いため息をついた。
「今更になってその話?」
「今になってこそだ。ここ最近のシルヴィアはマーリン殿に甘え過ぎではないだろうか」
本当に真剣そうに言う養父の言葉に僕は呆れた。
「前に手紙でも伝えたよね。姉さんってばマーリン先生にぞっこんだって」
「それはそうだが、いくらなんでもあの浮つきようは無いだろう。目からハートが出ているぞ」
一理ある意見だ。
姉さんってば元からマーリン先生に甘えたり、無自覚に接近する事はあったけど、ここに帰って来てからは特に顕著だ。
食事の時には必ずマーリン先生の横に座るし、一日に二回くらいマーリン先生の仕事の様子を見に行く。お茶と手作りのお菓子も一緒に持って。
それまで恋愛に疎かった人物同士って、自覚すると加減がきかないんだろうね。
見ているこっちが胸焼けするくらいだ。
そこへ無理矢理入り込もうとするアリアさんの精神力には完敗だよ。
「養父さんだって賛成したんでしょ?だから姉さんは決心してマーリン先生に想いを告げたんじゃないか」
考えなしに付き合うのではなく、僕らの事も考えて実家に手紙を書いたんだ。
それを今更になって心配するのは如何なものだろう。
「賛成はしていない。後悔しない道を選べと私は書いたのだ。……大賛成したのは母さんの方だ」
この場にいない養母の顔を思い浮かべる。
まぁ、あの人だったら娘の恋愛相談とかにノリノリで答えそう。
姉さんが恋愛小説や演劇に興味があるのは間違いなくあの養母の血筋だろう。
「あー……でも婚約の話の時は笑顔で認めたんでしょ?」
「物申そうとしたらテーブルの下で母さんから足を踏まれた。……何も言えなかったのだ」
しょんぼりする養父。
つくづくこの家は女性の方が地位が高い。
表向きは頼りない夫を一歩後ろで支えているイメージがあるなんて話を聞いたけど、実は背後から鞭で叩いて押し出してる。
むしろ、そちらの方が怖いくらいだ。
「後から直接マーリン先生と話したりしなかったの?」
養母の目があって言えないなら直接本人に言えば良かっただろうに。
今の僕みたいに呼び出して話をするも良し、男二人で酒を酌み交わしながらだったら話もしやすいだろう。
「勿論したぞ?ただ、いきなり謝罪から入られて、必ずシルヴィアを幸せにしてみせると熱弁されてそのまま娘自慢に突入してだな、」
駄目だこの人。
「八年前の事はこちらから頼んだ事だし、学園でのシルヴィアを守るなら教師の、理事としての影響力は有効だと考えるとそのまま有耶無耶に」
「だったらもういいんじゃないかな?」
僕はマーリン先生以上に姉さんを幸せに出来る人を知らない。
それは僕自身が身をもって実感した。
「……クラブよ。父親には誰しもある感情なのだ。ウチの娘はやらん!という意地がな」
「逆にマーリン先生以外だと姉さんを持て余して未婚のまま老後に突入しそうだよ?」
姉さんの暴走を抑え込めるというだけで希少な人材だ。
王子達も弱くはないけど、姉さんと比べるとどうしても一歩足りない。
そのうえアリアさんが姉さん派だから尚更だ。
年上であり、教師であり、師であるマーリン先生以外に適任はいない。
「だからそんなつまらない意地なんて忘れちゃいなよ」
「つまらないとはなんだ。ならば話を置き換えてみろ!お前が可愛がっているリーフに彼氏が出来て妹さんをくださいと言って来たらどうする!」
もうとっくに布団の中ですやすやと眠っているであろう年の離れた妹の姿を思い浮かべる。
リーフが生まれたのは姉さんがいなくなり、クローバー家が体勢作りを始めた頃。
僕が必ず守るんだとそれまで以上に勉強や魔法の練習に励むきっかけとなった。
もしもリーフがいなければ、僕は途中で姉さんがいなくなった悲しみに打ちひしがれて足を止めていたかもしれない。
そんなリーフに男?
「……腕試しくらいなら」
「ほれ見ろ。クラブもこちら側ではないか」
くっ!だってそれはリーフだからだよ!?
幼い頃から僕を慕ってくれる妹が突然遠くに行ってしまうなら僕だって躊躇するさ。
「養父さんもマーリン先生にぶつかってみたら?」
「勝てるわけないだろう。もう私はシルヴィアやクラブにすら負けるぞ?」
養父さんだって決して弱い訳じゃない。
歴代のクローバー家の当主としては平均以上の実力を持っている。
ただ僕と姉さんが特出しているだけだ。
「レンゲルであれば……いや。何でもない」
思わず口を滑らせた養父さんの口から父さんの名前が出る。
遠い昔に見たあの澄んだ風を操る魔法使いなら、僕らとだって良い勝負をしたかもしれない。
「いくら父さんでもマーリン先生には勝てないよ」
「やはりそうか。私はレンゲルとの直接対決をした事が無かったから何とも言えないが、それでも無理か」
死んだ父さんは実力的に兄である養父に勝っていた。
しかし、クローバー家の次期当主の座を自ら辞退した。自分には相応しいない。兄こそが適任だと。
「仮に父さんがマーリン先生に勝ってもその後がダメでしょ」
「レンゲルは魔法の実力はあっても経営や勉学はさっぱりだったからなぁ…」
父さんの話を養父から話してくれるようになったのは姉さんが旅立った後から。
僕が精神的にも成長したし、養母も姉さんと王子達との仲や魔力持ちでリーフが生まれたて安定したから教えてくれるようになった。
とっても強くて、大きく優しかった父さんは魔法特化で無鉄砲だった。
そんな父さんと結婚した母さんも訳ありでとても大人しく夫の帰りを待つだけの人じゃなかった事。
そもそも僕が本好きになったきっかけは両親が揃って家を不在がちにしていたから。
王国の騎士として調査活動をしていたら当然の帰結だった。
「……クラブ。改めてすまなかったな」
「何が?」
申し訳なそうに養父が頭を下げる。
「レンゲルの事故とシザース家についてだ」
「その話はみんながいる場でやったでしょ?もう過ぎた事だし、僕も大人に近付いたんだ。今更謝らなくていいよ」
姉さんが心配して、この屋敷に帰ってきた後にパーティーを開いてくれた。
その場で事の顛末やシザース家の今後の処遇についてジャック様やエース様からの意見も聞けたし、納得もした。
「過去より未来だよ。明日が明るければそれで全て良し!ってね」
「クラブもシルヴィアに似てきたな。これがクローバー家の血筋か」
「それを言うなら養父さんもいつまでも過ぎた事をネチネチ悩んでないで、ぶつかってみなよ」
ダンスパーティーのあの日、僕がそうしたように。
もう悩まない。
僕は自分のため、姉さんのため、家族のためにクローバー家の当主になって幸せを掴む。
そこには死んだ父さんや母さんは勿論、今の僕を育て守ってくれた養父や養母も含まれている。
使用人やソフィアもね。
「息子に尻を蹴られるとはな。……近々、もう一度酒の席でも設けてみるか。クラブも一緒にどうだ?」
「成人していないからお酒は飲めないよ。二人でゆっくりしなよ」
「ふふっ。それは残念だな」
「いずれ飲めるようになったらね
他愛もない会話で夜が過ぎて行く。
きっと、こういうのを幸せっていうんだろう。
幸せを噛み締めていると、ふと考える時がある。
もし子供の頃、姉さんが魔法使いにならなかったら僕はどうしていたのだろうか?
意地悪な姉や家族に囲まれて暮らしていたら?
もしもの話だけど、きっと今みたいに笑ってはいなかっただろう。
下手したらクローバー家をこの手で潰したかもしれない。
だからね姉さん。
僕は姉さんが魔法使いになった事を神に感謝するよ。
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