第8話 エース・スペード!
「おい、シルヴィア・クローバーが来たって本当か⁉︎」
「ノックくらいしなよジャック」
お土産を持たせたシルヴィアを見送った直後、銀髪の弟がやってきた。
「そんなことより、何の用だったんだアイツに」
「気になるかい?」
「べ、別にオレは……」
わかりやすい弟だ。
目線や表情の変化、呼吸の乱れで動揺がわかる。
王となる身であればコントロールできて当然のことなのに、ジャックはそれができていなかった。
そうなるように育てたのは俺達だ。
双子であっても優秀な方を次期国王に。
そうやって始められた競争はとても残酷な結果を残した。ジャックは心を痛めて勉強を投げ出した。
決して不出来ではないのだが、俺は全てにおいてジャックの先を行った。
同年代の中ではダントツの。簡単な公務であれば任せても良いとお墨付きを与えられる程に。
だからその分、ジャックには自由になって欲しかった。
兄が優秀なせいで辛く苦しい人生だと恨まれたくなかったのだ。
兄として育てられれば弟が可愛くないはずなく、俺の性格的にも生意気なくらいが丁度いいと思っていた。
父上と母上も同じように考えていた。
何か問題があってもフォローして、ジャックの意思を尊重してあげようと。
その結果として想像以上に捻くれてしまったが、まだ俺が庇える範囲内。
お茶会の時だってシルヴィアへの対応は間違っていなかったはず。お菓子を用意すれば機嫌を取り戻してくれたのだから。
とはいえ、女性に対して酷いことを言ったのは違いない。母上にも相談すると、クローバー家は建国からずっと王家を支えてきた古い貴族。関係が悪化するようなことは避けたいと。
将来、国王となった俺が忙しくて対応できないこともあるだろう。
練習としてジャック本人に謝罪に行かせるのはどうだろうか。フォローもできる従者も連れてだ。
そしてその後、謝罪から帰ってきたジャックに変化があった。
暴れ回るのはいつも通りだけど、何かを壊したら謝るし、問題を起こしても両親に相談するようになった。
普通なら当たり前なのだろうが、これまでのジャックからすれば大きな変化だ。
我慢を覚えたし、それまで興味のなかった本や魔法の勉強まで始めたのだ。
これは何かあったに違いないとシルヴィアを呼びつけた。
良い方向にジャックを導いてくれた彼女は礼をしなくてはいけないし、何があったのかを聞きたかった。従者は口を噤んでいたし、ジャックも話そうとしなかったからな。
「ジャック。君はシルヴィアにこっ酷く叱られたそうだね」
「何故兄上がそれを……従者か?」
「いいや。シルヴィア本人から聞いたよ」
土下座された時は何事かと思ったけれど、まさか王族に平手打ちするとはね。
「チッ、あの女」
舌打ちする態度は悪いが、苛立ちよりも秘密を知られて恥ずかしいといった様子だね。
まぁ、俺でも伯爵家の令嬢から叱られてお仕置きされたなんて公にしたくはない。
「他にも色々と話をしてね。彼女、ジャックのことをひどく心配していたよ。俺も小言を頂いてしまったしね」
「兄上に小言⁉︎……あの女、どこまで」
話した内容は真っ当で正論だけど、それを臆することなく上位貴族相手に言ってのけた。
その強かさを俺は気に入った。
「だからジャック。彼女を怒らないでやってくれ」
「……わかっている。謝罪に行った件はオレの自業自得だ」
あぁ、この弟からこんなセリフが聞けるなんて。
「それと、これはお願いなんだが」
「なんだ?」
「今のままだと私生活に大きな影響が出る範囲で公務が立て込んでいてね。睡眠時間をこれ以上削るのは勘弁したいんだ………いくつか手伝ってくれないか?」
「オレが……兄上の手伝い?」
「あぁ。これから先、病や怪我で早死にすることがあれば大変だと改めて気づいてね。部下達の負担を減らすことも考えてジャックには俺の代理が務まるくらいに力を貸して欲しい」
同じレベルじゃなくていい。問題があれば周囲に協力を求めたり、任せたりしてもいい。ただ、何を優先すべきか。王としての執務にどういった内容があるか。それを知っておくだけでもかなり違う。
「ここ最近のジャックなら任せていいだろうと思ったんだが?」
「やる。俺だって王子だ。兄上にできるくらいこなしてみせる」
「じゃあ、よろしく頼むよ」
不遜な態度。傲慢な物言い。でも、喜びを感じている様子を見るに、ジャックは満更でもないのだ。
王子として頼られることに誇りを持っている。
それを気づかせてくれたシルヴィアには感謝しないとね。
「ところで、いつからあの女を名前で」
「彼女と友人になったのさ。今度、遊びに行く約束もした」
「なっ⁉︎」
「気に入ったよ彼女。将来はきっと大物になる」
下手すれば俺以上の逸材に。
「…………なんだこの気持ち」
とりあえず今度会う時はサプライズでも用意して驚かせてあげようと思った。
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