第7話 クラブ・クローバー!

 

 姉さんがまた厄介ごとを引き連れてきた。

 養父も養母も大慌てしている。

 本当に退屈しない人だと思うよ。


 シルヴィア・クローバーとクラブ・クローバーは従兄弟同士だった。それが僕の両親の死で姉と弟に変わった。

 初めて会ったのは一年前の引き取られた日。養父から紹介されたソイツは恨めしそうに僕を睨んだ。

 死んだ父から話は聞いていた。本家であるクローバー家の長女は魔法使い同士の両親から生まれた失敗作だと。

 その血にはクローバー家の素養が眠っていても開花せず、学園にも行けずに次世代の子を産むことしか期待されていない。……魔法使いでないのなら嫁入り先は格下貴族になるだろうと。


 それはそれは僕が殺したいくらい憎いだろう。過去のクローバー家でも優秀な才能を持つ僕と比べられれば。

 属性の適性は風魔法だけだったけど、魔力量には自信がある。勉強だって好きだから将来は有望だと自負している。

 だから、僕は引き取られた。クローバー家の次期当主候補として。


『邪魔よ。どきなさい!』


 広い廊下だったのに僕はシルヴィアに弾き飛ばされた。

 手が滑ったと言って階段から突き落とされそうにもなった。

 食事に大量の塩が混ぜられていたこともある。


 器の小さい女だと思った。

 やってることは犯罪だ。でも、この屋敷の中ではこの女に逆らえない。使用人達は怯えるように暮らしている。

 養父と養母はシルヴィアに甘い。魔法使いでないからこそ我儘を聞いてあげようとしている。伯爵家だからそこまで権力はないが、この屋敷や領地内であればそこがシルヴィアの国になる。

 義父は僕との距離感の取り方に悩み、義母は我が子を後継者にしたかったのにと僕を煙たく扱う。


 この二人については積極的に関わらなければ問題は無いのにシルヴィアは嫌がらせをするためだけに近づいてくる。自分から近づくなと言いながらだ。


 そんなある日、一週間以上シルヴィアが現れないという幸せが訪れた。屋敷内は慌ただしいが、住んでいる

 離れにはなんの影響もない。

 専属の使用人もいないから会話もない。社交界にデビューするのはまだ先だ。

 一日中誰とも話す事のない日々が続く。前の家では魔法や社会についての話題が途切れることなく話され、僕も本当の両親に色々質問していた。

 だから、寂しい。ただ本を読むだけで家に閉じこもるだけの生活に飽きてきた。



 そんな日常はアッサリと覆されることになった。



 病から復活したシルヴィアが魔力持ちになった。僕と同じように学園にも通う予定らしい。

 それじゃあ僕の立場がない。シルヴィアが正式に後継者になれば僕はどうなるんだ。


『僕を追い出すのか?』

『今のままだとね。それは嫌でしょ?』


 相変わらずの意地悪そうな顔でシルヴィアが言った。

 僕は、僕は崖っぷちだ。ここにもいられなくなったら居場所なんてない。貴族ですらなくなってしまうかもしれない。

 死んだ両親が言っていたんだ。

 貴族としての立派な誇りを持った優れた魔法使いになれと。

 それが最後にした約束だったんだ。


『……何をすればいい』


 何だってする覚悟だ。

 今は従順なフリをしよう。きっといつか僕の方が優れていることを証明するためにも。


『私は貴方のお姉ちゃんなんだからもっと健気で可愛いげある態度を取りなさい。そんなぶっきらぼうだと友達できないわよ』


 遊び相手になれ。

 自分を姉として敬え。


 何を言っているんだこの女?と怪しんだ。

 後からメイドのソフィアに話を聞けば、長期間高熱で寝込んでいたせいで脳に障害が発生したというのが医者の見解らしい。

 シルヴィア自身も記憶喪失だと言った。


 僕を蔑んで我儘を振るっていた記憶がない?随分と都合のいい症状なんだとその時は思った。

 まぁ、精々人が変わったかのように大人しくなって僕に危害を加えなければそれでいい。


『いたたたたた!痛いって』

『僕が悪かったよ姉さん!』


 記憶喪失前となんら変わりない。むしろ、構って欲しいとしつこいから前より悪化している。

 それに姉感に拘って前より偉そうだ。嫌らしい態度より我儘が目立つ。

 でも、初めて目にした泥団子は芸術品のように美しかった。



 そこからは前にも増して振り回された。

 毎日遊びに付き合わされ、人付き合いが悪いと本邸の使用人達の元に引き摺られた。

 食事の時には義父や義母の前に連れ出され、勉強している時も隣にやって来た。


 煩わしいから一人にしてくれ!と何度言っても辞めない。代わりにゲンコツが飛んで来た。暴力反対!


 でも、その分ソフィアと義母から叱られる場面をよく目にするようになった。

 記憶喪失になった姉さんは今までと別人のよう……良くも悪くも……厄介になったのかな?

 騒がしさも増し、意味不明な羅列をノートに書き込んだり、見たことも聞いたこともない遊びや知識を披露してきた。

 その度に僕は衝撃を受け、無我夢中で遊んだ。

 遊んだ後にはソフィアが用意したお菓子を姉さんと食べて批評会。文句を料理長に言いに行って夕食に苦手なピーマンを出された。


「やれやれ」


 そう言って、今日も僕は姉さんの側にいる。

 お茶会に王子をビンタ、多重魔法属性にお次は別の王子が我が家に遊びにくる。

 退屈はしないけど、もうちょっと大人しくしてくれれば文句ないのにね。

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