馬糞の風

 炎天下の午後、砂漠地帯を走る道を、煉瓦色の日本車が南へ向かって爆走している。全開にされた運転席の窓から馬糞の臭いを帯びた風がひっきりなしに吹き込んでくる。運転席にはビル、助手席にはキャシー。

 二人は十数分に亘って唇を閉ざしていた。彼らが最後に発した言葉が、ビルの「そのうちに見つかるさ、飲食店くらい」であることからも察せられるように、彼らは極度の空腹状態にあった。しかしながら、彼らが口を噤んでいるのは、空腹状態にある人間同士がしばしばするようなナンセンスな口論を繰り広げた結果ではない。二人は結婚二十二年目の夫婦で、パートナーについては熟知している。空腹状態で会話を交わせば口喧嘩になると彼らは確信していた。ナンセンスな口論を繰り広げるのを未然に防ぐために二人は沈黙しているのだ。

 やがて道の前方、右手に巨大な看板が見えた。ハンバーガーショップだ。キャシーは顔を綻ばせて夫を見る。運転中のビルはリアクションは示さなかったが、口元は緩んでいる。

 広い駐車場の隅に車を停め、店の入口へ向かう。ドアの脇に浮浪者と思しき中年男が屈み込んでいる。剥き出しの尻の肛門から黄土色の塊が断続的に地面に落下している。

「なんてこった!」

 とビル。

「こんな場所で捻られた排泄物の臭いが、あれほど遠い場所まで漂ってくるなんて!」

「ビル、よく見て」

 キャシーは中年男の尻の下の塊を指差す。

「色合いは排泄物に似ているけど、あれは粒マスタードよ。そもそも、馬糞と人糞の臭いは似て非なるものだわ」

 ビルは改めて黄土色の塊を凝視した。二人は顔を見合わせ、笑い合った。

 夫婦は中年男の横を通過し、店のドアを開けた。すると馬の被り物を被った男が出迎え、

「ヒヒーン!」

 マシンガンを乱射、夫婦は蜂の巣になった。

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