第7話 戦禍

「ご承知の通り、『黒』と『白』、二つのエルフの国が竜のてた土地を巡って始めた争い。それこそが、八十年にわたって続くこの大戦のきっかけです」

 卓上を照らす蝋燭のあかり

 夕餉ゆうげを済ませた後、蜂蜜酒の杯を手に、ヴェストリはディニエルが訥々とつとつと語るのを聞いていた。

 愚かな話です、とディニエルはわらった。

「土地争い。粗野そやと乱暴が腰蓑こしみのを付けたようなあのゴブリン族でさえ、まずは話し合いの場をもうけて血を見ずに済ませようとするでしょう。それなのに」

 穏健で英明な種族であるはずのエルフたちは、竜の国に余程の魅力を感じたのか、戦争による奪い合いを布告ふこくさえなしに始めたとされている。

 黒白二種族の力は拮抗きっこうしていた。彼らは互いに互いの聖域を侵した。復讐や報復を繰り返し、他の種族をも巻き込み、争いは大陸を二分する大戦争にまで激化して今に至る。

 数あるドワーフの種族の中でも、陥没集落に住むヴェストリたち『穴底の民』は黒白どちらの勢力にも付かなかった。他種族との交流の少なさがどっちつかずでいることを許した、と言うべきかもしれない。ただ、それでも少なからず火の粉は飛んで来たものだし、長い戦争の時代を終わらせようという高いこころざしを持った者もまた、幸か不幸か現れた。

「……ではゴルトン殿は、妻も子も、次の親方の座も振り捨てて外へ?」

「馬鹿息子だろ」

 ヴェストリは笑って酒を干し、置いた杯をまた満たした。飲まずにできる話ではなかった。

「仲立ちをせにゃならんというんだな。誰かが。引っ込みのつかないエルフたちの間に立って、戦争を止めにゃならんと。止せと言ったさ。言うことは分かるがどうしてお前が行く。かみさんフェルマ腹の子ダノンのためを思うなら、村に残って俺の跡を継ぐべきじゃねえのか、ってな」

 だがゴルトンの意志は金剛石よりも硬かった。

「和睦は必ず成ると言い捨てて、出て行ったのが二十三年前だ。その後どうにか『白』の王都にゃ辿り着いたが、そこで戦に巻き込まれて、最後は大きなでもって町ごと焼かれた。噂だけどな」

「王都決戦……」

 ディニエルが呟いて目を伏せた。

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