第224話 土の大精霊とエルフの女そしてセイラン襲来

 誘拐された子供達の監視役をしていたエルフの女は、クリムゾンの威容に慄いて犯行理由を自供し始めたが、当のクリムゾンはあまり興味が無かった。そこで事件の全容を探って潜伏していた大精霊ノーム(女性なので正確にはノーミードだが)が、クリムゾンの威容を借りつつエルフの女から話を聞きだす役を担う事となったのだった。


 以前の用語解説にて述べた内容なのだが、読み飛ばしても構わないと注釈していたと思うので軽く復習しておくと、大精霊のノームとは人間達から四大精霊と呼称される強大な力を持った精霊の一種である。四大精霊とは、錬金術とそれに連なる精霊魔法などの魔法体系において、世界に存在するあらゆる物質を構成する基底元素とされている四大元素、すなわち火・水・風・土を司る精霊達の総称であり、ノームはその中でも土を司る精霊である。また精霊にも種類が存在し、自然現象そのものが実体化した概念的な存在は自然精霊エレメンタル、長い時を生きた動物や、使い古された指輪の様な、実在するモノが精霊化した存在は実在精霊スピリットに分類される。そして大精霊のノームは実在する種族である小人族のノームが、長い時を生きて精霊へと昇華した実在精霊スピリットなのだが、同時に土に纏わる自然現象、例えば地震や地割れを引き起こしているのがノームであると考えられていた事から、人々から畏怖の対象とされてきた歴史があり、土の自然精霊エレメンタルとしての性質も併せ持っている。長々と説明してしまったが、何が言いたいのかと言うと、要するにノームは強大な力を持った精霊なのである。

 ところで、そんな強大な存在であるはずのノームが、なぜクリムゾンの威容を借りてエルフの女に対峙しているのかと言うと、理由は単純であり、そのエルフの女もまたノームに匹敵する力を有しているからである。エルフは現在では亜人種のいち種族に数えられてはいるが、一方で古き神と称えられてもいる。エルフは高い知能と強大な魔力を併せ持ち、かつては人間達から信仰の対象とされていた種族である。エルフは精霊の力を借りずに単独で行使可能な自発魔法を得意としており、精霊魔法が一般的な人間では到達しえない遥か高みにある魔法技術を持っている事を始めとして、身体能力に関しても人間と比すればずっと高く、さらには世界の終わりまで生きると喩えられるほどに極めて寿命が長い特徴も有している。生命の枠組みを外れた超常の存在であるドラゴンを除けば、単一個体が持つ戦闘力と言う点において、エルフは魔族と並んで世界最強の種族の一角と目される、非常に強力な種族なのだ。

 戦闘技術を修めたエルフが大精霊と同等の力を有しているとは言っても、四大精霊を始めとする自然精霊エレメンタルは自然現象の化身であり、自然現象を完全に消し去ることなど不可能なのは言うまでもない。なので、自然精霊エレメンタルは一時的に倒したとしてもすぐに復活してしまう、いわゆる不死の存在である。であれば、エルフとノームが戦うことになったとしても、耐久面で勝るノームに分がある様にも思えるが、実態は異なる。ノームが土属性魔法に特化している一方で、エルフは多彩な魔法を駆使するため、ノームの弱点である風属性の魔法を扱えるのは元より、高度な回復並びに蘇生魔法も扱えるため、魔力が続く限りエルフが戦いで死ぬ事はないからだ。またエルフが結界を張り支配領域と化している誘拐犯のアジト内では、支配権を持つエルフは地底を流れる魔力の奔流たる龍脈から継続的な魔力供給を受けているため、結界が存在する限りエルフが魔力切れを起こすことは無い。そしてエルフがその土地の支配権を握っている状態では、逆にノームは龍脈からの魔力を補給することができない。そうなるとノームは自身が元々内包している魔力と、大気中を漂うわずかな魔力をかき集めて戦うことになり、そんな状態でエルフと正面からぶつかれば持久戦においてもノームが不利な状況なのである。

 そう言った事情から、監視役のエルフの存在が障壁となって表立った事件の調査に乗り出せずにいたノームだったが、エルフの女を牽制するのに十分な力を有したクリムゾンの出現によって閉塞した事態は打開され、虎の威ならぬ龍の威を借りて大手を振って調査を始めたのだった。


「さてと、まずはあなたの名前を教えて貰おうかな。」

 ノームが問いかけるとエルフの女はクリムゾンを警戒しつつも静かに語り始めた。

「私の名はレイナトナ・ガルディ・アルフォウラーだ。」

「ふむふむ、アルフォウラーって言うとここからだと結構距離があるね。レイナトナでいいのかな?」

 ノームが聞き返した。

 少し補足するとエルフの名前は個人名・職業名・出身地の並びとなっており、レイナトナ・ガルディ・アルフォウラーであればアルフォウラー出身で、職業はガルディ(守衛)、個人名がレイナトナと言うことになる。

「いや、真名で呼ばれるのはどうも慣れないので、レインと呼んでくれ。」

 レイナトナ改めレインと名乗った女はノームにスッと手のひらを向けて正式名での呼称に断りを入れた。エルフの正式名称は祭典や儀式の折に使う神聖な物であり、あまり普段使いはせず、通常は渾名で呼び合う文化を持っているのだ。ならば最初から渾名を名乗れば良さそうなものだが、あえて正式名称を名乗ったのにももちろん理由がある。彼女は現在事情があって誘拐グループに身を置いているが、出自を明かせない様な後ろ暗い目的は持っていないのだと、ノーム並びにクリムゾンに暗に示すためである。

 そんなこととは露しらずテーブルのお菓子を再び食べ始めていたクリムゾンだったが、レインはその様子を一瞥し、特に怪しまれていない事を確認してからさらに続けた。

「ところであなたって大精霊だよね?なぜ大人しく誘拐犯達あいつらに攫われてきたんだ?あなたならどうとでもできただろうに。」

「え?うん、まぁこっちにもいろいろ事情があるんだよ。」

 レインの疑問に対してノームは事実を告げずにはぐらかして答えたが、前述のとおり彼女はお菓子に釣られてホイホイ付いてきただけであり、特に込み入った事情などありはしない。なぜ事実を隠したのかと言うと、四大精霊は主に人間の様に精霊魔法を扱う者達から高位の存在として崇め奉られている背景があるため、しょうもない理由でまんまと誘拐された事実は隠しておきたかったからである。それは彼女が見栄っ張りだからと言うわけではなく、精霊魔法の契約形態に関わる事情があってのことだ。精霊魔法の契約を結ぶ際には、契約者からの畏れや感謝、信仰と言った精霊を敬う思いがある程度強くないと契約が成立しないので、大精霊の荘厳な高位存在然としたイメージを損ねてしまうことは、契約の根幹を成す信頼関係に影響がでかねないのである。

「そうか。」

 レインは目の前のノームとは初対面であったが、別個体のノームと面識があった。しかしノームは亜人から昇華した実在精霊スピリットと言うこともあって元々の人格による個体差が大きく、彼女が知るノームと眼前のノームとではまるで違う性格をしていたので、何を考え、どう言った意図から事情を隠すのかは分からなかった。しかし精霊は怒らせる様な粗相をしなければ他種族に対して基本的には友好的な共通特徴を持つため、ひとまずノームの思惑は気にしなかった。と言うのも、ノームに輪をかけて何を考えているのか分からない謎のドラゴン・クリムゾンが、彼女とノームとが会話するすぐ隣に陣取ってお菓子を食べていたため、そちらに気を取られてしまったからである。

 レインの視線に気が付いたクリムゾンはお菓子を食べる手を一旦止めて2人の方に顔を向けたが、目が合ったレインが即座に顔をそむけたため、何か用が有ったのではないのかと首を傾げつつ再度お菓子に手を伸ばすのだった。ちなみにクリムゾンは先ほどまでセイランと連絡を取ろうとしていたのだが、割り込んできたレインとの会話の後すっかりそのことが頭から抜け落ちてしまい、再び連絡を取ろうとすることはついぞ無いのだった。


 現状無害なクリムゾンはひとまず放置して、レインはノームに向き直り会話を再開した。

「ところで大精霊よ。あなたが聞きたいのは一連の誘拐事件の全容、と言う事でよろしいか?」

「うん、端的に言えばそう言うことになるね。」

 ノームはうなずきつつ答えた。

「了解した。此度の事件は所属国家も種族も異なる複数の組織が共謀して起こした政治的意図を持ったものなのだが、私も関連組織すべての事情を把握しているわけではないし、まずは誘拐グループの内訳から話そうか。」

「ちょっと待った。話を聞き出そうとしている私が言うのもなんだけど、そんなにペラペラと内情を話してしまっていいのかい?」

 事情聴取を受けている側のレインが聞かれてもいない話をどんどん進めようとするので、疑問を感じたノームが言葉を遮り質問を投げかけた。

「ああ。私も同胞を騙し、犯罪行為の片棒を担ぐ計画に疑問が無かったわけではなくてな。それに高位のドラゴンが介入するとなれば、遅かれ早かれ計画が頓挫するのは目に見えているからな。変にこじれて要らぬ被害が出るリスクを考えれば、私の知る情報を開示した方がよいと判断したまでだ。」

 レインは再度クリムゾンの様子をうかがいつつ言った。

「なるほど。そう言う事ならこちらとしても話が早くて助かるよ。続きをどうぞ。」

「ああ。では改めて、今回の事件に関わった組織についてだが・・・」

 レインが話を再開しようとしたその時、広間の入り口のドアがゆっくりと開かれて何者かが侵入してきた。

「その話、私も一緒に聞かせて貰っていいかな?」

 そう言って笑顔で3人の集まるテーブルへと歩み寄ったのは、四大龍のセイランであった。先ほどクリムゾンが放った魔力波を感じたセイランは、その後反応のなかったクリムゾンの意図は分からなかったものの、状況把握のために直接魔力波の発信源へと出向いたのである。

 セイランは魔力を隠蔽する魔法石をあしらったかんざしを装着しているので、ノーム並びに結界を張っているレインですらその存在を視認するまで感知できずにいたので、突如広間に現れた謎の龍人ドラゴニュートに2人は驚き顔を見合わせた。そして2人揃って恐らくはセイランを呼び寄せた原因であろうクリムゾンに視線を投げかけたが、当のクリムゾンは気にせずお菓子を食べ続けているのだった。

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