第212話 誘拐犯登場

 スフィア教団の男とセイランとの話を終えて、クリム達と合流するべく早朝の街路を1人歩いていた。ところでクリムゾンの動向を龍眷属の同調ドラゴンズファミリアーシンクロによって監視、もとい見守っていたクリムは、あとは合流するだけの状態になったため魔法を解いて覗き見をやめていた。

 さて、そんなわけで完全に1人きりとなったクリムゾンだが、目的地である闘技大会会場を目指して歩きながら、先ほどのカオスレギオンと教団の男との戦いを思い起こしていた。軽くおさらいしておくと、カオスレギオンの武装集団を相手にたった一人で挑んだ教団の男は、数の利に押されて次第に劣勢となっていたのだが、そこでクリムゾンが男に強化魔法・深紅の加護ブレスオブクリムゾンを掛けて見事な逆転劇を演じたのであった。正直クリムゾンにしてみれば人間十数人程度の小競り合いにはさして興味が無かったのだが、曲がりなりにも味方をしてくれた男が劣勢を覆して勝利した時、ほんの少しではあるが高揚感を覚えていたのである。人魔大戦の時代より現在に至るまで、クリムゾンはその身一つで戦ってきたため、共に戦う仲間を持った経験が無かったのだが、初めて誰かの戦いを応援する立場に立った事で、自分一人の戦いとは違う、新たな角度からの戦いの楽しみ方を見出していたのだ。


 クリムゾンがしばらくぼんやりと考え事をしながら歩いていると、そんな彼女の様子を伺いながら後をつける二つの影があった。その影とは2人組の人間であり、1人は長身やせ型で、もう一方は中背で太っちょの凸凹コンビであった。怪しげな見た目で怪しい行動を取る彼らの正体は、何を隠そうセイランが調査している亜人少女連続誘拐事件の実行犯達であり、正真正銘の怪しい奴らなのであった。


「まずいですよ兄貴。今回のヤマは皇国が裏に居るって話ですし、余計なことして足が着いたりしたら俺達も何されるか分かんないですよ。」

 先頭を歩いていた太めの男に対して、痩せた男が長身に似合わぬ平身低頭な物言いで声を掛けた。すると太った男は振り返らずにクリムゾンの様子を注意深く伺いながら小声で返事をした。

「みみっちいこと言うんじゃねぇ。こっちは危ない橋渡って無茶な依頼こなしてんだ。ちったぁボーナスくらい貰わないと割に合わねぇんだよ。」

「そりゃそうですけど・・・大体あの子なんなんですか?亜人なのは間違いないでしょうけど、あんな姿の亜人見たことないですよ。」

 痩せ男はクリムゾンの小さな体には分不相応な大きな角や翼、そして地面を引きずる程の長い尻尾を見て、彼が知るどんな亜人種とも一致しない特徴から何者なのかと訝しんだのだった。

「俺の見立てではありゃ龍人ドラゴニュートの子供だ。」

 太った男がそう言うと痩せ男はいまいちピンと来ていない様子で聞き返した。

龍人ドラゴニュートってなんでしたっけ?」

「俺も詳しいことは知らないがドラゴンと人間の混血種だとか、龍の血を飲んで変身した人間だとか言われてるな。まぁ要するにレア物だ。それも子供の龍人ドラゴニュートなんて聞いたことすらねぇ。上手い事捕まえて好事家に売りつけりゃ、一体どれだけの値が付くか見当もつかないぜ。仮に今回の依頼を不意にすることになったとしても、あのガキさえ手に入ればそれを上回る旨味があるってことだ。」

 太った男はところどころ見当違いな話をしながらも、リスクを冒してでもクリムゾンを誘拐するメリットについて痩せ男に説明した。

「あの子に価値があるのは分かりましたけど、妙だと思いませんか?そんな希少なはずの龍人ドラゴニュートの子供が、一人ぼっちで街中を無造作に歩いてるなんて、まるで誘拐してくれと言わんばかりの状況じゃないですか。もしかして俺達をおびき出すための罠なんじゃ?」

 痩せ男は兄貴分の言葉を肯定しつつもさらに懸念を述べた。

「事件の囮にしたって、あんな小さいガキ使うわけないだろ。犯人に何されるか分からないのに、わざわざ子供を差し出す奴が居るか?」

 太った男は自身がその誘拐犯であることは棚に上げて、囮調査に子供を使うわけがないと言う至極真っ当な見解を述べたのだ。実際のところクリムゾンは子供ではないので、その見解もいまいち的外れな物だったのだが、龍人ドラゴニュートがどういった存在なのかよく知らない者であれば勘違いしても仕方がないだろう。

「なるほど。言われてみればそうですね。」

 痩せ男は納得しそれ以上の反論は出さなかった。

「分かったらお前は周囲の警戒をしておけ。俺が行ってくる。」

 太った男は痩せ男に指示を飛ばすと、こそこそと忍び足で歩いていた足を速めてクリムゾンとの距離を詰め始めた。

「了解です。」

 そして痩せ男は言われた通りに周囲の警戒に当たったのだった。

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