第211話 教団の男の依頼

 カオスレギオンを退けたスフィア教団の男と会話を始めたクリムゾンだったが、自身がドラゴンである事をうっかり漏らしかけたところで言い淀み、そのまま押し黙ってしまったのだった。

 ところで、実はクリムは龍眷属の同調ドラゴンズファミリアーシンクロにより、クリムゾンの五感を通して彼らのやり取りの一部始終を盗み見ていた。そしてクリムゾン1人で問題ない様であれば口を出すつもりは無かったが、すっかり押し黙ってしまったクリムゾンを見かねて助け舟を出そうかと考えていた矢先、クリムゾンの背後から何者かが近づいてくる気配を感じて声を掛けるのを取りやめたのだった。


「おはようクリムゾン。こんなところで会うなんて奇遇だね。ところで他のみんなはどうしたんだい?」

 クリムゾンに声を掛けてきたのは昨夜、夜の町へと消えていったまま、ついぞ帰って来なかったセイランだった。セイランは偶然通りかかった風に装って声を掛けていたが、もちろんそんなことはなく、近場で誘拐事件の調査をしていたところにクリムゾンの魔法による波長を感じ取ったため、何事が起きたのかと気になって見に来たのである。

「おはようセイラン。ぼくたちはみんなで闘技大会の会場に向かう途中だったんだけど、カオスレギオンとか言う奴らが通せんぼしてきて、なんかこの人がそいつらと戦う流れになったから、大会に参加するクリム達は先に行かせて、ぼくだけ残って戦いの行方を見届けてたんだよ。」

 クリムゾンが男を指差しながら雑に状況を説明すると、男はかしこまった様子でセイランに深々と一礼した。

「なるほどねぇ。」

 セイランはクリムゾンのいまいち要点を得ない説明からある程度事情を理解したらしく、納得した様子で男の姿を観察するとさらに続けた。

「あんたはその出立ちからするとスフィア教団の戦闘員だね。なんだか連れが世話になったみたいですまなかったね。」

「いえいえ。彼女達が絡まれていたので助けに入ったのは事実ですが、彼我の戦力差を見誤り敗れかけていた私は、逆にこの子に身体強化魔法を掛けて貰って助けられたのです。しかし奇妙な魔法だとは思いましたが、なるほど青龍会の方だったのですね。いわゆるドラゴンの加護と言う奴でしょうか。」

 セイランの言葉を曲解した男はクリムゾンが青龍会の構成員だと勘違いし、勝手にいろいろと納得していた。ちなみに彼は龍人ドラゴニュートがドラゴンが人型に変身した形態である事実を知らないため、青龍会の構成員はドラゴンの加護を受けた亜人種だと思っている。その認識は一部正しく、青龍会傘下の組織にはセイランやその眷属の加護を受けた亜人種の構成員が多数在籍しているのだが、青龍会の本家に属する幹部クラスの構成員は全員がセイランの眷属、つまりは娘達であり、要するに生粋のドラゴンである。

 さらに補足すると一般に龍人ドラゴニュート形態に変身できるドラゴンは、成龍エルダードラゴン以上の個体に限られるため、概ね千年以上生きた個体であり、精神面はそれなりに成熟し、外見的にもセイラン同様に20代前半程度の成人の姿をしている。なおクリムゾン以下その眷属であるクリムとアクアは幼い少女の姿をしているが、龍人ドラゴニュートとなって人間と関わろうとするドラゴンがまずもってイレギュラーな変わり者達であるのだが、それにも増してクリムゾン達は異質な存在だと言える。


 余談はさておき、男の微妙に的外れな認識を聞いたクリムゾンは、訂正のために2人の会話に割って入った。

「ぼくは青龍会とは関係ないよ。」

「おや?そうなんですか?」

 男はセイランの言葉とクリムゾンの言葉に齟齬があると感じたため、改めてセイランに問いかけた。

「うーん、まぁそうだね。クリムゾン達はうちの組織の者じゃないんだけど、一度仕事を手伝ってもらった経緯があるし、今は少し別行動しているけどもうしばらくは一緒に旅をする予定だから、連れってのは旅仲間って感じの意味だと思ってくれればいいかな。細かいことは省くけどクリムゾンはグランヴァニアの出身だよ。」

 セイランはクリムゾン達の正体を適当にぼかしつつも、嘘はつかずに男の疑問に答えた。

「なるほど。そういう意味でしたか。親龍王国の出であればドラゴンの加護を受けていても不思議はありませんね。」

 男は先ほどとはまた別の勘違いをしていたが、クリムゾンがグランヴァニアで産まれたのは事実であるため、クリムゾンは特に訂正しなかった。セイランが嘘をつかずに情報をぼかしていたのは、嘘をつくと馬鹿正直なクリムゾンが訂正するだろうと見越しての事だったのである。

 ところでクリムゾンがドラゴンであるとうっかり漏らしかけた事実は、セイランの介入によって有耶無耶になっていた。


「それじゃ私は用が有るからこの辺で失礼するよ。」

 話がひと段落したところで、セイランはこの場を訪れた目的であった状況確認も済んだので、一言挨拶を残してその場を去ろうとした。

「えっと、セイランさんでしたか。カオスレギオンの件でお聞きしたいことが有るのですが、少しだけお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

 男がセイランを呼び止めた。

「うん?まぁ少しくらいならいいけど、なんだい?」

 セイランは足を止めて聞き返した。

「ありがとうございます。実は最近、我々教団とカオスレギオンはたびたび衝突を繰り返しているのですが、奴らの話を聞く限りカオスレギオンの背後にはとあるドラゴンが味方に付いているらしいのです。」

「へー、そうなのかい?それで、私と言うか青龍会に何か依頼したいことでもあるのかな?」

 セイランは男の開示した少ない情報から青龍会に対する依頼があるのだと察し、またどのような依頼なのかも予想がついていたが、確認のために一応聞き返した。

 男は見透かす様なセイランの言動に多少身構えながらも、用事のある相手に時間をもらって話を聞いてもらっている以上、あまり引き留めても悪いので意を決して静かに口を開いた。

「お察しの通り青龍会への依頼があるのですが、まずは教団とカオスレギオンの現在の関係性を話しておきましょう。カオスレギオンの連中はボスと呼ばれる者の元で、脛に疵持つ無法者共が多数集まり何か良からぬことを企てている様なのです。我々は奴らの動きを逐次監視しており、今回の様に暴力的な行為に及んだ際には邪魔に入っているのですが、奴らの目的はいまいち不明な状態です。」

「風の便りにそんな噂を聞いてはいるけど、せいぜい喧嘩沙汰を起こして騒音被害が訴えられる程度で、カオスレギオンが破壊活動を行っているだとか、大怪我をした人が出たって話は聞かないし、放っておいてもいいんじゃないかい?」

 セイランは大して悪事を働いているわけでもないカオスレギオンに対して、スフィア教団がちょっかいを掛けるから騒ぎが大きくなっているのではないかと、暗に指摘したのである。

「ええ、たしかに表立っての大きな動きはまだないのですが、奴らが拠点としているとある島に武器や食糧に加えて各種魔道具の類や船舶・馬車と言った物資を、戦争でも起こすのかと言う程大量に集めていることも確認されていますから、教団としては野放しにはできない状態なのです。先日奴らの拠点の守りが薄くなる日時にパターンがある事を発見した教団は、教団内でも指折りの精鋭を数十人集めて襲撃したのですが、その時拠点で1人うろうろしていた件のボスを相手に全員返り討ちに遭って襲撃作戦は失敗に終わっています。」

 男は悪びれるでもなく教団の罪過を明かした。

「うん、未遂に終わったみたいだからひとまず深くはつっこまないけど、まだ何もしてない相手に、悪いことを企てているだろうと決めつけてテロ行為を起こすのはどうかと思うよ。」

 セイランは行き過ぎた教団の活動に異を唱えたが、熱心な信者である男の耳にはあまり届かなかった様で、男は首を傾げつつ話を続けた。

「その辺の事情を知ってもらった上で改めて依頼の話に戻るのですが、青龍会の力を借りてカオスレギオンの背後に居ると言うドラゴンをどうにかできないかと、そういう相談なのです。下っ端連中は教団だけでどうとでもなる寄せ集めの雑兵なのですが、ドラゴンの加護を受けていると思しきボスだけは、我々ではどうにもできない怪物なので、ドラゴンの後ろ盾を取り払っていただきたいのです。」

 男は改まって青龍会への依頼内容を告げた。

「悪いけど他所のドラゴンの行動に青龍会うちの方から手出しすることはできないね。ロード・ドラゴン同士はお互いに不可侵の約定の元で争うことなく平和な関係を保っているから、そのドラゴンがどこの子かは知らないけれど、うちから手を出したら、そのドラゴンの親であるロード・ドラゴンの陣営と、青龍会のボス、つまりは賢龍姫けんりゅうきの陣営とで、ドラゴン陣営同士の戦争が起きてしまうからね。仮にそうなった場合、人間同士の戦争とは比べ物にならない甚大な被害が各地で起こるだろうね。」

 男の依頼は概ねセイランの予想通りであったため、セイランは即座にこれに答えた。ところで賢龍姫けんりゅうきとはセイランの事であるが、先述の通り彼女は正体を隠して活動しているので他人事の様な言い方をしているのである。

「そう言うことならば仕方ありませんね。小事を防ぐために大事を引き起こしては本末転倒ですからね。引き留めてしまって申し訳ありませんでした。」

 男はセイランの言い分に納得した様で大人しく引き下がった。

「まぁ私が個人的にそのドラゴンと話をするくらいなら問題ないし、折を見て事情を聞いておくよ。ドラゴンが人間社会に対して本当に何か悪さをしようと企んでいる様なら、青龍会としても看過できないからね。とは言え、先に言った通りドラゴン同士が争うわけにはいかないから、問題があると判断したら龍の巫女に事態の解決を頼むことになるけどね。と言うわけだから、教団は例のドラゴンとカオスレギオンの拠点には手出ししない様にしておいてもらえるかな。今まで通り下っ端連中の監視と抑止はしてもらっても構わないけど、人間が下手にドラゴンに手出ししてもせいぜい怒らせるだけからね。」

 セイランは男の依頼を一度は断ったものの、ただ突き放してしまうと再び教団が凶行に走る可能性が有ったので、事態の解決に向けて行動する約束をしたのだった。

「承知しました。教団の者には私から周知しておきますので、例のドラゴンの件はよろしくお願いします。」

 元より教団の現有戦力ではドラゴンを倒せるとは思っておらず、解決策を模索していた状態なので、セイランに言われずとも手を出すつもりは無かったため、男はあっさりとセイランの提案を了承した。

「はいよ。何か進展が有ったら青龍会を通して教団の方に連絡するよ。」

 セイランは男の言葉に嘘がないと判断したため話を打ち切った。


「それじゃさっきも言った通り、私は用事があるからこの辺で失礼するよ。クリムゾンはクリム達のところに行くんだろ?」

「そうだね。」

 セイランが問いかけるとクリムゾンが即答した。

「こっちの用事がひと段落したら私も見に行くから、サテラにはその時に話そうかな。」

 カオスレギオンの裏に居るドラゴンが悪龍であった場合、龍の巫女であるサテラに対処を任せる事になるので、その話をクリムゾンからサテラに伝えて貰おうかとセイランは一瞬迷ったが、色々と不確定要素が多いので入り組んだ事情をクリムゾンに言伝するのは難しいと考え直したのだった。


 セイランが状況確認を済ませると、3人はお互いに別れの会釈を交わし、各々が進むべき道へと分かれて歩み始めたのだった。

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