第207話 朝の準備と出発

 クリムとクリムゾンは風呂場でシュリと合流すると、シュリの抜け殻を抱えてリビングにやってきていた。ちなみに抜け殻に着させる服が無かったので、ひとまず脱衣所に有ったタオルで簀巻きにしてソファーに寝かせている。


「もうすぐサテラ達が起きてくると思うので、2人はここで待っていてください。私はアクアを起こしてきます。」

 クリムは一緒に寝ていたアクアを1人残してベッドを抜け出していたので、アクアが時間通りに起きてこない可能性を考慮して迎えに行くことにしたのである。

「了解っす。」「わかったよ。」

 クリムの指示にシュリとクリムゾンはそれぞれ了承の旨を伝えた。


 クリムが寝室に戻るとアクアは既に起きており、ベッドに腰かけて姉の帰りを待っていた。

「おはようございますアクア。」

「おはようお姉ちゃん。どこに行ってたの?」

 クリムが声を掛けるとアクアはベッドからピョンと飛び降りて挨拶を返した。

「ちょっと物音がしたので風呂場まで見に行ってたんですよ。」

「そうなんだ?なんの音だったの?」

「物音の正体はシュリの抜け殻が床を這っている音だったのですが、経緯を話すと少し長くなりますね。ひとまず解決したので気にしなくても大丈夫ですよ。そろそろ起床予定時間なのでリビングに行きましょうか。」

 クリムは壁掛け時計を確認しつつアクアに集合時間が迫っていることを告げた。

「わかった。」

 クリムが手を差し出すとアクアはその手を取り、2人は手を繋いでリビングへと向かった。


 クリム達がリビングへと戻ると既にサテラとスフィーも集合していた。そして2人は寝息を立ててソファーに横たわるシュリの抜け殻について、クリムゾンとシュリから話を聞いているのだった。

「おはようございますサテラ。それとスフィーも。」

「おはようございますクリムさん。アクアさん。」「おはよう2人とも。」

 クリムが声を掛けるとサテラとスフィーは順番に応えた。

「おはよー。」

 アクアは繋いでいたクリムの手を離すと元気に2人に挨拶を返した。

「2人ともよく眠れましたか?」

 クリムは続けて質問した。闘技大会に参加するサテラには十分な睡眠が取れたかと言葉通り睡眠事情を聞いたのだが、スフィーの寝相の悪さが改善されたかどうか気になってもいたので、スフィーには暗にそう言った意味も込めて問いかけたのである。

「はい、あれからすぐ眠れたのでばっちりですよ。」

 サテラはスフィーの昨日の失態を実際に見てはいなかったので、質問を言葉通りの意味に捉えて答えた。

「今朝は特に何ごともなかったですよ。寝る前に十分な水分を補給しておいたのがよかったみたいです。」

 スフィーはクリムの意図を読み取ったので、改善策を履行したこととその効果を答えたのだった。

「そうですか。それならよかったです。ところでセイランは昨夜は戻らなかったみたいですね。調査が難航しているのか、あるいは調査が順調に進んでいるからこそ帰ってこないのかもしれませんが、いずれにしてもセイランとは本日も別行動の予定ですし、帰りを待つ必要はないでしょうね。」

「そうですね。私達は昨日決めた予定通りに行動しましょう。」

 クリムが提案するとサテラが同意し、他のメンバーからの異論もなかった。

 セイランは昨夜の夕食後に誘拐事件の調査のために別行動をとったのだが、調査が済んだら隠れ家へと帰ってくると言う話だったのだ。若い女性が深夜の独り歩きをした上、予定を無視して帰ってこないとなると、普通であれば何かあったのかもしれないと心配するところだが、セイランはドラゴンの中でもトップクラスの実力を誇る四大龍であるため、誰一人として万が一を心配する者はいないのだった。


「それでは、みんな準備できているみたいですし、さっそく出発しましょうか。」

 クリムは全員の姿を見回し、既に身支度が済んでいる事を確認して言った。

「朝ごはんは屋台で食べるんすよね?何が有るのか楽しみっす。」

 シュリはソファーから立ち上がるや否や、さっそく大会会場で食べる朝食に気を引かれていた。シュリもまた闘技大会に参加する選手なのだが、それは実戦経験を積ませて鍛えようと言うクリムの意向によるものだったので、シュリ自身はそこまでやる気は無かったし、勝負の心配よりもまずは腹ごしらえの心配をしたのである。

「抜け殻の方のシュリさんは放っておいて大丈夫なのでしょうか?」

 暢気なシュリを他所に、サテラは心配そうな顔でソファーに横たわるシュリの抜け殻に目を向けて聞いた。

「クリムゾンの魔力によって神経を麻痺させていますから、要するに呪いによって眠らせている状態なので、誰かが呪いを解除しない限りは放っておいても大丈夫なはずですよ。クリムゾンの呪いは人間にはまず手が出せないですし、セイランならクリムゾンが掛けた呪いであると魔力を見れば分かるはずなので、特に心配はないでしょう。仮に抜け殻が起きてしまったとしても、しばらく這いまわったら魔力切れで活動を停止するだけですし、よほどのことが無ければ問題ないはずです。」

 クリムは無駄に不穏なフラグを立てつつ対策が万全であることを告げた。

「それならよいのですが。」

 サテラはまだ不安を感じていたが、クリムの言葉を信じて気にしない事にしたのだった。


 全員で隠れ家を出て玄関扉を閉めたところで、鍵をかける前にクリムは再度全員の顔を見回しながら聞いた。

「では改めて、みんな忘れ物はありませんか?」

 忘れ物と言ってもIDカードさえ身に着けておけば財布も必要ないので、クリムは全員が指輪や腕輪型のIDカードを装着している事を確認するとさらに続けた。

「大丈夫みたいなので出発しましょう。」

「はーい。」「おー。」

 クリムが玄関に鍵を掛けつつ合図すると、一同はいまいちまとまりのない返事をしつつ闘技大会会場へと出発したのだった。

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