第197話 邪龍ファーヴニルの最期

 これまでにクリムは、呪いと祝福を宿した黄金の指輪に邪龍ファーヴニルが魂を宿すきっかけとなった物語を話してきたわけだが、いよいよもって生前のファーヴニルが破局へと至る最終局面に差し掛かっていたところである。かなりの長丁場となった上に途中で補足説明が入ることも多かったため、ここで少し話をまとめておこう。内容をしっかりと覚えている自信がある読者諸兄に置かれましては、以下の簡易まとめは読み飛ばしてもらっても問題ない事をここに記しておく。


―――指輪の物語、簡易まとめ

 黄金の指輪は元々は小人族の一種であるニーベルング族が製造したものであり、当初はただ所有者に富をもたらす金運アップの加護が付与されただけの代物であった。そんな何の変哲もない指輪には、長い期間を掛けて多くの所有者の手を渡り歩き、ある種の信仰と共に大切に扱われているうちに、いつしか精霊が宿ったのだった。

 さらに時は流れて、指輪はとあるドワーフの女性が所有者であった際に、彼女の集めていた財宝と共に盗賊団に奪われてしまったのだが、彼女は有力な魔導士であったため、理不尽に奪われた指輪に対して所有者を滅ぼす破滅の呪いを掛けたのである。そして指輪の精霊は、指輪を大切に扱ってくれていた彼女の想いに応えるために、彼女の掛けた呪いを引き継ぎ、代行することを決めたのだった。

 その後、指輪の呪いを受けた盗賊団は仲違いによってすぐに壊滅してしまい、所有者を失った指輪はなんやかんやあって、訳アリの物品ばかりを扱う裏稼業を営むドワーフ一家の手に渡ったのだった。そしてその一家の長兄こそが後に邪龍と呼ばれるファーヴニルであり、彼が次なる指輪の所有者、つまりは新たな呪いの被害者となったのだった。

 呪いを受けたファーヴニルは弟のレギンと共謀して父フレイズマルを謀殺し、父の貯め込んでいた財宝を奪い取って、さらに共謀者であったレギンをも裏切って財宝を独り占めにしたのだった。次いでファーヴニルはさらなる財宝を求めて、また財宝を隠して守るための迷宮作りを手伝わせるために、大精霊が率いるノームの集落を襲撃したのである。大精霊は横暴なファーヴニルに不満を抱きながらも彼に協力したので、ファーヴニルは彼の望むがままに多くの財宝とそれを守る迷宮を手に入れたのだった。

 これまでのファーヴニルの行動は、指輪の呪いによって金銭欲が増大したために起こされた物であり、本来の彼はそこまで刹那的な、破滅と隣り合わせの蛮行を繰り返す様な男ではなかった。しかしより多くの財宝を集めるに従い、指輪の魔力は強大化し、同時に呪いも強化されていたため、彼の欲望はもはや彼自身にも止められない程の暴走を始めており、彼の破滅へのカウントダウンは着実に進んでいたのである。

 呪いによって暴走し邪龍と化したファーヴニルは、さらなる財宝を求めて人間の王国を強襲し、まんまと財宝を奪ったのだが、突如現れた強大な敵対者に対抗するために周辺諸国の人間達は協力して大軍隊を編成し、邪龍の討伐に乗り出す事態に発展したのだった。

 ファーヴニルが人間達との全面戦争を始めた一方、迷宮では主の居ぬ間に大精霊が一計を講じていた。当初から横暴なファーヴニルに不満を抱えていた大精霊は、ファーヴニルを討つための計画を練っていたのである。大精霊は同じくファーヴニルに恨みを持っていたレギンを仲間に加え、さらに指輪の製造者であるニーベルング族にも協力を仰ぎ、彼らと親交のあった人間の剣士シグルズをも引き入れて、レギン主導の下で邪龍討伐作戦が練られることとなったのだった。

―――簡易まとめ終わり


 現在時刻は深夜を回った頃合である。クリムゾン一行は日の出の時間から活動を開始し、ほとんど休むことなく動き回っていたので、流石にそろそろ寝ないと明日の闘技大会に差し障るとクリムは危惧していた。見た目や実年齢はともかくとして、実力的には最上位のドラゴンであるクリムとアクアは睡眠を必要としないが、人間であるサテラとドラゴン化して間もないシュリは普通の生物と同様に毎日の睡眠が必要なのだ。しかし物語の一番いいところで話を中断してしまうと、クライマックスが気になってむしろ彼女達の睡眠の質が落ちるともクリムは考えていたため、それならばせめて早めに話を済ませようと、さっそくファーヴニルの最期を語り始めた。


「さて、ファーヴニルを討つためにレギンが立てた作戦についてまずは話しておきましょう。レギンはファーヴニルの狡猾さと強さを身をもって知っていたので、ニーベルング族が推薦する程の剣士であるシグルズが、ドラゴンの鱗を貫けると言われる宝剣フロッティを携えていたとしても、正面切って戦いを挑んではまず勝ち目がないと考えていました。ですから、ファーヴニルの行動を読んで不意打ちで仕留める作戦を立てたのです。ファーヴニルは厳しい戦いの後には必ずその身に受けた傷を癒すため、そして失った魔力を回復するために、彼ら兄弟の生まれ育った森の泉で休息を取ると言うある種のルーティーンを持っていたので、人間の大軍勢と戦い疲弊したファーヴニルは必ず泉に足を運ぶとレギンは予見していたのです。またレギンはファーヴニルの行動パターンだけではなく、兄が抱える弱点も知っていたので、不意打ちさえ成功すれば勝算はかなり高いと考えていました。その弱点とは、背面を守る鋼の様な龍鱗ドラゴンスケイルが腹部には存在しないと言う事でした。ファーヴニルは腹ばいに地を這って戦うスタイルを取っていたので、普段は弱点が隠されていて問題になりませんが、腹部の強度はせいぜいドワーフの肉体のそれと同等程度でしたから、巨大なドラゴンの体格なりの分厚い筋肉の鎧によって守られてこそいましたが、より堅牢な背面に比べれば明確な弱点であることは間違いなかったのです。これらの情報からレギンが導き出した作戦とは、ノーム達の土属性魔法の力を借りて泉の傍に穴を掘り、その中に宝剣フロッティを携えたシグルズが身を隠した上で、再びノーム達の魔法によって不自然ではない様にシグルズが隠れた穴を偽装し、何も知らずに泉の水を飲みに近づいたファーヴニルの死角から、シグルズの高い技量を持って心臓を一突きにして殺すというものでした。」

 クリムはレギンの作戦概要を話し終えると一旦話を区切った。もちろんサテラ達の反応を見るためである。

 サテラがこれに応じて彼女の考えを述べた。

「ファーヴニルをよく知るレギンが作戦を立てて、ノーム達の力で高度な偽装を施して身を隠した上 で、高い技量を持ったシグルズの不意打ちで仕留めると、なかなか手の込んだ念入りな作戦ですね。・・・なるほど、慎重で狡猾かつ強大な力を持つファーヴニルを討つために、単体では勝つことが難しいドワーフとノームそして人間と言う三種族が、それぞれの得意分野を持ち寄って協力したのですね。いえ、ニーベルング族も含めれば四種族ですか。いずれにしても人間含めた多種族による協力関係が、そんな大昔に既にあったなんて少し意外です。近年ではその傾向が薄れている様ですが、太古の時代の人間種は異種族に対してかなり排他的であったと聞いていますからね。」

 サテラの考えを聞いたクリムはその意見に同意して頷くとともに、さらにクリムの考えを補足した。

「形だけ見れば確かにそうですが、ドワーフとノーム、ニーベルングの三種族は元々友好関係にありますし、人間の協力と言ってもニーベルング族と既に親交のあったシグルズ個人によるものですから、多種族間での協力作戦と呼べるものだったかどうかは微妙なところですけどね。」


 話を聞いていた一同の顔を見回したクリムは、他に質問も無いようなのでひとつ咳払いをしてから話を再開した。

「人間の大連合軍による邪龍討伐戦は熾烈を極めましたが、ファーヴニルは防御に徹する事で時間稼ぎしてなんとかこれを凌ぎ切りました。多国籍の連合軍は大規模な分補給を受けることも難しく、継戦能力に難があったので、その弱点を突いたわけですね。ちなみにファーヴニルには猛毒の息を吐く能力が有るので、魔力を使わずに攻撃する手段もあるにはあるのですが、体内で猛毒を生成するのには体力を消耗するので、守りを固めていたファーヴニルは攻撃は完全に捨てて身を守ることに専念したのです。しかし、連合軍の総攻撃を亀になって受けていたファーヴニルも当然無傷と言うわけにはいかず、全身に傷を負った上に魔力もほとんど尽きかけていました。そうして疲弊したファーヴニルは、レギンの見立て通り彼らの故郷の森へとやってきたのです。彼を滅ぼすべく巧妙な罠が仕掛けられた死地であるとも知らずにね。」

 クリムは不敵な笑みを浮かべて、まんまと罠に嵌まろうとしているファーヴニルの未来を暗に示したが、クリムの立場はどちらの味方とも言えない中庸に位置する無関係のドラゴンでしかないので、別にレギンやシグルズ達の肩を持っているわけではない。既にファーヴニルが滅びる物語であることは述べてしまっているので、物語的に勝者の側に沿った語り口を取っているだけである。

「それではいよいよ、レギンの作戦が実行されるその瞬間の話をしていきましょう。綿密な作戦を立てたうえで、討伐対象であるファーヴニルもレギンの思惑通りに動いてくれていたので、邪龍の討伐は容易に成就するものと思われましたが、ここで一つレギンの想定外の問題が発生しました。ファーヴニルは当然自身の弱点である柔らかい腹部の事を知っていたので、その弱点を補うべく毎日財宝の上で眠り、腹部には黄金と宝石とを張り付けて防具の代わりとしていたのです。鋼の硬度を持った龍鱗ドラゴンスケイルさえ貫くと言われる宝剣フロッティですが、ルビーやダイヤと言った宝石類は鋼よりも遥かに硬いですから、フロッティであっても流石に貫くことはできないのではないかとレギンは危惧したのです。」

「おお、あっさり罠に引っかかってしまった時はもうおしまいかと思ったっすけど、ファーヴニルもなかなかやるっすね。どうなるんすか?」

 異種族からドラゴンへと変身した共通点を持つファーヴニルに少しだけ親近感を抱いていたシュリは、強大な力を持ちながらも油断しない彼の強かさに学ぶべきものが有ると感じていたのだった。

 クリムはシュリの分かりやすくも聞き上手なリアクションに気をよくして、少し饒舌になって物語の続きを語り出した。

「ええ、ファーヴニルの備えはたしかに弱点を覆い隠すのに十分な物でしたが、レギンの心配は取り越し苦労に終わります。なぜなら剣士シグルズの技量はレギンが想像していたよりも遥かに高いものだったからです。シグルズは宝石と黄金とに覆い隠されたファーヴニルの腹部を、宝石だけをきれいに避けて貫き、見事一突きの元に心臓を串刺しにしたのです。ちなみに宝石を張り付けるために利用していた黄金の強度は鋼に比べれば5分の1程度ですから、宝剣フロッティとシグルズの技量を持ってすれば有って無いような物だったのです。ちなみに鉱山由来である金属や宝石類はノームの加護が有れば魔力を込めて強度を増す事が可能なのですが、ノームの大精霊を怒らせたファーヴニルはノームの加護を失っていたので、腹部に張り付けた黄金を強化することができていませんでした。あるいは弟レギンを軽んじることなく、フレイズマルを倒した時にきちんと分け前を与えていれば、ファーヴニルの弱点を知るレギンを敵に回すことも無かったはずです。悪因悪果、悪いことをすれば自分自身に返ってくると言う言葉ですが、彼の行動の一つ一つが皮肉にも彼自身の破滅へと繋がる鍵となってしまったんですね。」

 クリムは教訓めいた言葉を持ってファーヴニルの最期を締めくくるのだった。

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