第192話 呪いの指輪とドワーフ一家の不和

 呪われた指輪が盗賊団の生き残りからファーヴニルを擁するドワーフ一家へと渡ったところから話は再開する。


「話が脇道に逸れてしまいましたが、ようやく本題である呪いの指輪と邪龍ファーヴニルが繋がる物語ですね。先ほど話した通り、ファーヴニルは父と三兄弟で構成されるドワーフ一家の長兄で、彼らは盗品等の訳アリで一般市場には出せない商品を安く買い叩き、商品の質さえよければ出所は問わない様な倫理観の欠如した顧客を囲って、お互いの情報を漏らさない約束の元に法外な価格で売りつけると言った商売をしていました。彼らの商売をとやかく言うつもりはありませんが、力が強く手先が器用なドワーフはただでさえ引く手数多な種族ですし、彼らはドワーフとしては珍しく魔法が得意でしたから、それこそいくらでも好待遇な働き口はあったはずです。その辺を考慮すると、あえて犯罪と紙一重の商売を営んでいたのは、あまり褒められたことではないですね。特にファーヴニルはドラゴンに変身する魔法が扱えたので、戦闘能力においては元々高い素質を秘めているドワーフの中でも、並ぶものが無いほどの力を有していたそうですからね。」

 グランヴァニアの王女であったエコールは、王国の支援を受けて気ままに世直しの旅をしていたため、お金のために働いた経験が無かった。そんなエコールの記憶を受け継いでいるクリムは、生活のために働いている人の仕事内容にケチをつける権利は無いと考えていたため、はっきりと彼らを否定はしなかった。彼女が盗賊団に身を寄せていた孤児達の罪を追求しなかったのも、少なからずそのことに由来している。


「なぜ彼らはそんな仕事をしていたんでしょうか?裏稼業は普通の仕事よりも実入りはいいかもしれませんが、性質上リスクも多いですよね?当然その筋の人達が集まってきますし、半ば犯罪の様な事をしていれば彼ら自身も捕まるかもしれませんし。」

 サテラは知った様な口をきいているが、彼女もまたエコール同様働いた経験はない。ただ、時たま王国に訪れるセイランから商売の話を色々と話を聞かされていたので、伝聞ではあるが多少の知識があったのだ。


「彼らがそう言った商売に手を染めているのは単純な理由で、彼ら自身が蒐集家だからですね。商売柄合法的な手段では手に入らない貴重な物品が流れてきますから、まずは彼らが品定めして、気に入ったら自身のコレクションに加えていたのですよ。そして彼らのお眼鏡に叶わなかった物は売り払っていたのです。彼らが顧客として抱えていたのはほとんどが人間だったそうなので、ドワーフである彼ら一家とは物に対する価値観が少しずれていますから、ドワーフ達にとっては価値の低い物であっても、別に余り物の粗悪品を売りつけられていた、と言うわけではないみたいですね。」

「趣味と実益を兼ねた職業と言うわけですか。そう言うことならまともな仕事に就こうとしないのも納得ですね。」

 王位継承とは無縁な王女であるサテラは、エコールと同様に何不自由ない暮らしをしていたため、やはり金銭欲をほとんど持っていない。しかし彼女はファッションに関しては多大な興味を持っており、それに伴って着飾る以外の効能を持たない宝飾品に対する理解もあったので、少々嗜好は異なるものの美しい物を愛する蒐集家達の気持ちが分からないではなかったのだ。

 一方クリムはと言うと、金銀財宝の類に執着する者達が居ることは知っていたが、彼女自身は特に魔法効果を持つわけでもないお飾りの装身具、あるいは調度品等には一切興味が無く、蒐集家達の本質は理解できていない。


「また話が逸れてしまうので彼らの身の上話はこのくらいにしておきましょう。さて、呪いの指輪と共に盗賊団の遺産を買い取ったドワーフ一家でしたが、彼らはいつも通り買い取った物品を品定めし、自分達のコレクションに加える物をそれぞれ見繕っていました。この時、一家の長である父フレイズマルは主に金貨や古銭と言った金銭としての直接的な価値がある物を中心に、長兄ファーヴニルは宝石並びに指輪の様な装身具、杖と言った魔法関連の物を、次兄のオッタルは珍獣の毛皮や高価な生地を用いた衣服と言った皮・布製品を、そして最後に三男のレギンは武器・防具類を主として選別しました。彼らはそれぞれが得意分野を持っていて、その能力に関連した物に特に強い執着を持っていたので、お互いの領分を侵さないという不文律の元、同じ物品の取り合いを避けていた様です。この先の展開はある程度予想が付くと思いますが、ファーヴニルが見繕った物の中には例の呪いの指輪が含まれていました。指輪を一目見たファーヴニルはその美しさと、秘められた魔力に魅了されて即座に自身のコレクションに加えることを決めたのです。先述の通り指輪の精霊は金銭欲の強い、特に財宝に対する関心が強い所有者に呪いを掛けるので、ファーヴニルはまさにうってつけの存在でした。」

「指輪に呪いを掛けたのがドワーフの女性でしたから、ドワーフ同士という共通点はありますけど、お互いは特に関係ない他人ですよね?ファーヴニルはまるで示し合わせたかの様に呪いの対象に合致していますけど、偶然とは思えない奇妙な巡り合わせですね。」

 クリムが話している途中だったが、あまりにもできすぎた組み合わせに疑念を抱いたサテラが雑感を述べた。


「ノーム族と近しい種族であるニーベルング族が作った指輪ですから、ドワーフを惹きつける特別な魅力があるのかもしれませんね。エコールの目には精霊が宿っている事を除けば、普通の指輪にしか見えませんでしたけどね。それはさておき、指輪を装着して呪いを受けたファーヴニルは、金銭欲が増大してより多くの財宝を手に入れたいと考える様になりました。先述の通り指輪の呪いは財宝を集めれば集める程強化される特性がありますから、元々多くの宝石等の宝飾品をコレクションしていたファーヴニルには、指輪を手に入れた時点でかなり強力な呪いが掛かったのです。魔法に精通し、ドラゴンに変身する秘法を修めている程の高位の魔導士であった彼は、ある程度呪いに対する耐性を持っていましたが、指輪の精霊によって強化された呪いはその耐性を容易に貫通し、ファーヴニルの精神を歪めてしまったのです。呪いを受けたファーヴニルは一番身近で手頃な財宝の入手手段として、まずは父フレイズマルのコレクションに目を付けました。呪いを受ける前の彼は父のコレクションである金貨や古銭にはほとんど興味がありませんでしたが、呪いによって嗜好の範囲が広がっていたのです。ちなみに次兄オッタル並びに三男レギンのコレクションは、金銭的価値はあまり高くなく、技術的に優れているか、あるいは歴史的な価値がある物が中心だったので、ファーヴニルの標的にはされませんでした。」

 クリムは話がひと段落したところで、再度サテラの反応を求めた。クリムは一方的に長々と話していると、聞き手の集中力が散漫になるだろうと考えていたため、たびたび小休止を入れて相手の反応を窺っているのだ。サテラもいい加減そのことに気づいていたので、クリムの視線を感じるとそれとなく用意していた感想を述べた。


「あくまでも金銭的な価値のあるものが財宝と判断されるのでしょうか?でも物の価値なんて人によって違いますし、国や種族によっても大きく変動しますよね?例えば魔法が苦手な人間にとっては魔道具や魔動機の製造に使える魔法石は価値が高いですが、魔法が得意で道具に頼る必要が無い魔族やエルフにとってはただの石ころと変わりません。」

 サテラは蒐集家のドワーフ兄弟達がそれぞれ全く異なる品物に価値を見出していることからの類推で、物の価値など一意的に決められるものではないと指摘したのだった。ところで余談だが、魔族は人間と魔動機技術を共有していたりする関係上、人によっては魔法石にも価値を見出している。多くの魔族はサテラが言う通り魔法石に興味を持たないが、魔動機職人にとってはそれなりに価値のある物なのである。


「あなたの言うことも分かりますが、呪いに関連する財宝の価値を決めているのは指輪の精霊ですから、市場価格の影響は関係ありません。ちなみに指輪の精霊の価値観は、これまでに指輪を所有してきた人達の、特段指輪を大切にしてくれた人の価値観に比重を傾けて統合された物ですから、要は黄金の指輪に高い価値を感じる、宝飾品の蒐集家達の性向が多大に反映されています。なので貴金属や宝石、そしてそれらを用いた加工品が高く評価されるみたいですね。」

 クリムはサテラの疑問に答えるとさらに続けた。

「父のコレクションを奪おうと画策したファーヴニルですが、彼がいくら強いとはいえ父と弟2人を同時に敵に回せば手に余ると考えたため、弟達を唆し一緒に父を襲おうと懐柔を企てました。まず彼は次兄のオッタルに計画への参加を打診しましたが、オッタルはこれを断りました。オッタルにとっては、父のコレクションはまるで興味がない物だったからです。少しオッタルについて補足しておくと、彼は他の3人と比べて金銭的にはあまり価値が無い物をコレクションしていたので、ほとんど犯罪行為な家業によって得られる恩恵は少なかったようです。なので彼は商売からは足を洗って、釣りや畑いじりでもしながら平穏に暮らしたいと考えているところでした。ただ、彼の皮・布製品を補修する技術は他の者では補えない一流の腕前であり、一家の商売には欠かせないものだったため、父は彼が家を出ることを許さなかったのです。そう言った経緯もあり、兄の計画を聞いたオッタルはこの機会に家を出る決意をして、兄への協力こそ拒みましたが、同時に妨害しないと約束して姿をくらましてしまいました。父を裏切り襲おうとする長男と、それを止めようともしない次兄の行動は、少々不義理な感じもしますが、彼らは普段から金にがめつい父に対して思うところが有ったためにこのような凶行に及びましたが、積もり積もった不満が呪いによって後押しされて爆発したと言ったところであり、呪いが無くとも遠からず不和の種は芽吹いていたでしょうね。」

 クリムは例によってサテラに目配せし反応を促した。

「親子でいがみ合うなんて悲しいお話ですね。現代基準でも色々と恵まれた環境に産まれた私が、大昔の人の倫理観にどうこう言うのもなんですが、最も近しい肉親と敵対するなんて考えたくもないですね。」

 サテラはあり得ない事とは思いつつも、自身が家族と反目しいがみ合う事態を想像し、沈痛な面持ちで答えた。


 ところで、王族と言えば王位継承権を巡り、血で血を洗う権力闘争が起きるのが世の常であるが、サテラの出身国であるグランヴァニアは少々他の王国とは毛色が違っていた。グランヴァニアは世界で最も古い王国の1つであるが、初代の国王が龍王グラニアの加護を得て国を興したのを始まりとして、その血族の長子が王位を継承する原始的な習わしが現代まで綿々と続いており、王位の簒奪はその長い歴史上一度たりとも起きていないのである。王国は龍王の後ろ盾の元に国外からの侵攻を恐れる必要が無く、また龍王の眷属であるドラゴン達の力を借りて単一国家で完結する高度な社会体制が構築されており、常に平穏な国内情勢を保っているため、王国民が不平不満を溜める様な事態はまったくと言っていいほど起こらず、信頼厚い王を倒そうなどと考える者はまず現れないし、そもそも龍王の加護を受けている王を討つことなど人間の力では到底不可能なのである。


 話が長引いているため一旦区切るが、次回はファーヴニルとレギンの共謀によるフレイズマルの暗殺と、その後ファーヴニルが邪龍へと変貌し、最後には英雄によって討たれ指輪に魂を宿す物語のクライマックスへと続く。

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