第164話 光速移動の弱点

 セイランは道場で何が起こったのかクリムから聞いて概ね理解したが、肝心のクリムが発した魔力については聞いていないと気づいた。

『ちょっと話が戻るけど、アクア達の試合の最中にあなたも何か魔法を使ったよね?』

『ええ、たしかに。アクアが手加減を誤ってあの2人を殺してしまいそうだったので、アクアを止めるために割って入りまして、その時光子化機動フォトンマニューバを使ったので、あなたが感じたのはそれでしょうね。ただ、光速移動はほんのコンマゼロゼロ秒にも満たない一瞬の発動でしたから、人間達には知覚できないはずですよ。あまり目立ちすぎると活動に支障が出ることは私もわかっていますから、その辺は弁えていますよ。』

 クリムは自信満々に言い放ったが、ともすれば魔力感知能力の鋭い人間であれば気づくのではないかと、セイランは疑念を持つのだった。また、どうせ目立たない様に気を遣うのであれば、アクアやクリムゾンがボロを出さない様に注意を払ってほしいと思わないでもなかったが、他所の家庭の事情には口出ししないのがドラゴン族の暗黙の了解であるため、思うだけにとどまった。


 セイランはアサギとの世間話を済ませると、クリムやサテラ達が集まっている所へとやってきた。

「さてと、話の続きだけど光速移動はドラゴン目線から言ってもかなり繊細な制御が必要だから、戦闘じゃ使えないと思うんだけど、どういう状況だったの?」

 セイランは人間達に聞かれて困る話でもないので普通に声を発して話始めた。

「続きって何がですか?」

 サテラはクリムとセイランが念話で話していたことに気づいていなかったので、セイランの言葉が引っかかり質問したのだった。

「うん?ああ、こっちの話だよ。ところで、あなたはもう少し注意力を付けた方がいいね。私の見立てでは、あなたは龍の巫女としての責務を果たすために十分な能力を持っているけれど、その力を振るうべき時と場合を見落としている感じだからね。」

 セイランはそう言いながら魔王達に一瞬視線を向けたが、サテラはセイランの言葉の意味が分からずに首を傾げていた。その様子から、サテラが魔王達の正体に気づいていないと確信したセイランはさらに続けた。

「魔族の動きが活発化してるなんて噂もあるし、近々あなたの力が必要になる場面が必ずやってくるはずだから、普段から気を抜き過ぎないようにね。」

 セイランは今回の件に限らずサテラが少々暢気すぎると感じていたので、注意を促したのだった。

「魔族の噂は私も各地で聞いていますが、まだ実際に見かけたことはありませんね。少し調査しようかと思っていた矢先に、クリムゾンさんの魔力を感じてそちらの調査に切り替えましたから。でもそうですね。クリムゾンさんの件は一応解決したので、魔族の調査を再開しようと思います。」

 サテラはいまいちセイランの言葉の意図に気づいてはいなかったが、ひとまずやる気にはなっているので、セイランはそれ以上の助言は差し控えた。先人がすべての答えを教えてしまっては、若者の成長は望めないからである。


「ちょっと話が逸れたけど、クリムが光速移動を使ったのはどういう状況だったんだい?」

 セイランは改めてクリムに問いただした。

「たしかにあなたが言う通り、光子化機動フォトンマニューバは緻密な制御が必要な上、周囲の環境変動に弱いので、私とアクアの様に実力の近い者同士の対面戦闘で使うのは難しいでしょうね。空間解析や未来予測を行っていると感知すれば、光速移動の発動タイミングや移動経路を読むのはそう難しくないですし、先述の通り環境変化に弱いので妨害も容易ですからね。たとえば私が光速移動による攻撃を仕掛けられた場合、透過性のない遮蔽物を使って移動経路を塞ぐか、あるいは空間の重力を操って相対時間を変化させることで光を屈折させる、単純にレンズや鏡で反社・屈折させるという方法もありますね。さらにピンポイントな対策として、フォトニック結晶構造を生成して閉じ込めるなんてこともできますが、要するにいくらでも妨害できるということですね。」

 クリムは口頭で光速移動への対抗策を説明しつつ、実際に右手から魔法で光線を発し、左手で障害物を生成したり空間操作を行って光線の進路を妨害して見せた。

 ちなみにフォトニック結晶構造とは、細かい仕組みは省くが光を内部に取り込むと外に漏らさず内部で反射させ続ける、あるいはまったく光を通さないと言った特性を人為的に持たせた特殊な構造である。光線を用いた魔法に対しては無類の強さを発揮する一方、ナノレベルの微細かつ精密な構造を生成する必要があるため取り扱いには知識と熟練を要し、実戦投入するのは極めて難しい。

「まぁ光速移動の制御に関しては、私はエコールの経験から蓄積された勘によって感覚的にできてしまうので問題ないですし、多少妨害を受けても移動地点で光子化した肉体にフィードバック補正を掛ければいいだけなので、実戦で使えないということもないのですが、相手に発動を読まれている状態で使っても効果は限定的ですね。今回はアクアがあの2人に技を仕掛けたタイミングに合わせて、不意を突く形で使用したので妨害を受けずに簡単にアクアの背後を取ることができましたが、基本的には相手に認識されていない状態で使う魔法になりますね。」

 クリムは相手が四大龍のセイランであるため、それに合わせたレベルの解説をしていたが、彼女が簡単そうに話している技術は、人間には到底扱うことのできない複合的かつ繊細な魔法技術だ。

「なるほどね。そういう事なら納得したよ。」

 セイランはクリムの話を完全に理解していたのでこれと言って疑問を持たなかったが、周囲で話を聞いていた人間達には彼女達の話す技術のレベルが高すぎて、内容こそそれなりに理解できるものの、対抗策が簡単に取れるという話に関してはまったくピンと来ていなかった。それは魔王達も同様であり、単純な遮蔽物による妨害や重力操作はできるものの、フォトニック結晶構造の生成を実戦投入することは難しい様に感じていた。また、シュリとアクア、そしてついでにクリムゾンは、そもそも話の内容が難しくてよくわかっていなかった。

「ところでサテラは光子化機動フォトンマニューバを使えますよね?」

 セイラン以外がいまいち話についてきていないと気づいたクリムは、グラニアから魔法の手ほどきを受けているサテラなら光子化機動フォトンマニューバを使えるはずだと考えたので、自身よりも人間らしい感性を持っている彼女の意見を求めようと声をかけたのだ。

「え?私ですか?まぁ使えない事もないですけど、屋内の様に環境が安定している閉鎖空間でないとちょっと難しいですね。」

 サテラはそう言うと、光子化機動フォトンマニューバを発動し、クリムのすぐ隣へと移動して見せて、さらに言葉を続けた。

「屋外だと風やらなんやらと、光子に影響を与える不確定要素が多いですからね。それがどうかしたんですか?」

「いえ、使えるならいいんですよ。ただ確認しただけです。」

 クリムもといエコールは屋外でも光子化機動フォトンマニューバを使用できたが、それにはサテラが言うように不確定要素を排除しなければならず、より広域に空間解析と未来予測を行う必要があり、魔法の発動の労力はより膨大となる。そして先述の通り光速移動は同等の実力を持った相手には対策されやすいので、労力に対して得られる効果は小さい。要約すると、屋外での光速移動はできるできない以前にやる価値があまり無いのだ。とは言え、使えないよりは使えた方がいいのだが、経験が浅く未熟なサテラには他に優先して覚えるべき技術が多いので、現段階で光速移動を扱いきれていないのはある意味当然だとクリムは考えていたし、そのことについて彼女を責める気はなかった。

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