第149話 人間社会の教育機関

 クリムは自身が生後1日目であると、純然たる事実を告白したのだが、その発言を受けた2人の少女は、半信半疑・・・というよりは十中八九冗談だと思って聞き流したのだ。人間はもちろんだが、魔族であっても産まれてわずか1日で人間でいう成長期相当まで急成長するなどという異常現象は聞いた事も無かった。そんなわけで、クリムの大胆な告白はまともに取り合われていなかったのだ。なお、以前にも述べた事だが、通常のドラゴンは産まれたばかりではほとんど力を持っておらず、数百年を掛けて緩やかに成長するため、クリムとアクアの姉妹はドラゴンを基準にしても逸脱した存在であると言える。


 シャイタン並びにアサギの2人は、クリムの奇妙な発言にあっけに取られて、数秒間呆然としていたが、互いに目を見合わせて頷くと会話を再開した。

「話は変わりますが、アサギさんは普段何をして過ごしているんですか?」

 シャイタンにはクリムの発言の真意は分からなかったが、嘘をついているのはお互い様なので深くは追及しないのが礼儀だと判断していた。ゆえに、疑問は残るもののそれ以上はつっこまず、当初の目的であったアサギの、つまりは人間の少女の生活について聞きだす方向へとシフトしたのだ。

「私の普段の生活という事ですか?」

「はい、そうです。」

 アサギがシャイタンに確認すると、シャイタンは即座に肯定した。

「普段の私はルーチンワークの鍛錬をこなしつつ、余った時間で足りないと感じた部分をさらに鍛える、といった生活をしていますね。」

「なるほど。要するに一日中身体を鍛えてるんですか?」

 シャイタンは身も蓋もない聞き方をした。

「いえ、鍛錬と言ってもずっと身体を鍛えるだけではないですよ。もちろん身体鍛錬の時間は多く取られていますが、文武両道・心技体すべて鍛えるのがうちの流派の信条なので座学もありますよ。身体を鍛えるにしてもただ闇雲に高い負荷を掛けるより、トレーニング理論に基づいて適度な負荷を掛けた方が、効果を最大化できますからね。一昔前は根性論が主体だったみたいですけど、昨今は健康のためにと軽い気持ちで武道を学ぶ入門者も多いので、そう言った需要に応えるためにも厳しいだけの修行形態は見直され、結果としてより効果的な方法に改善されたんですよ。」

 アサギはシャイタンの疑問に答えるとともに、流れる様に道場の宣伝に話を繋げていた。

「ほうほう、そうなんですか。つまり道場は教育機関としての役割も持っているんですね。」

 シャイタンはアサギ個人の話を聞いていたはずが、自然な誘導に引っ張られていつのまにか話題が道場の紹介に変わっていた。

「そうですね。国軍の一般兵や傭兵稼業なんかを目指している方達は、うちの道場で学んで実際そう言った職業に就く方もいますね。うちの流派は歴史が長い分それなりにコネクションがあるので、要望があれば就職先の紹介もしていますし、職業訓練校としての側面はありますね。士官候補ともなると専門の教育機関が有るので、うちに通う事はまず無いのですが、そう言った機関にも戦闘技能講習の講師として師範代が招かれる事が有るので、案外上層部にも顔が効くらしいです。私はまだまだ修行中の身なので、そう言った対外的な活動に参加してはいませんが、父や母はそうした理由で家を空ける事がありますね。」

 アサギはさらに道場に通うメリットとして就業面の有意を説明したが、既に悪魔の防人ディアブルガーディアンという職業についているシャイタンには関わりのない話であるため、残念ながら彼女が入門する理由にはなりえない。そもそもシャイタンは人間社会で暮らす予定がないので、こちら側で職業を得る気は毛頭ないのだが、いずれにしても彼女にとっては魅力的な提案とはなりえないのだ。


 シャイタンはアサギの密やかな勧誘を華麗にスルーしつつ、情報を整理しさらなる質問をぶつけるのだった。

「なかなか由緒正しい流派なんですね。ところで別の教育機関もあるという話ですけど、すべての子供達がまとめて通う様な学校は無いんですか?私の国では全員まとめて同じ学校に通っているのですが、この辺では職業別に機関が分かれているという事でしょうか?」

「えっと、基本的にはどの国でも身分や職業に応じて通う機関が変わってくると思うのですが、シイタさんはどちらの国の出身でしたっけ?」

 アサギは逆に聞き返した。

「あっ、そうでしたね。話していませんでしたか。私はルインズの出身ですよ。」

「ああ、なるほどルインズオブルインのご出身だったんですね。私も詳しくは知りませんが、少々変わった国だとは聞いていますね。あっと失礼、別に悪い意味ではないですよ。」

 アサギは国名を聞いて納得したが、その態度が奇異なものを揶揄するかの様な言動だったと気付き、慌てて訂正した。

 シャイタンの言うところの自国とは魔族達が住む最果ての島であるが、現在シャイタンは隠れ魔族の国ルインズオブルインの出身であると身分を偽っているので、微妙に情報に齟齬が発生していたが、幸いルインズは他国との関りが薄く、その土地柄を正確に知る人間は少ないので、シャイタンの少々軽率な発言がアサギに怪しまれることはなかったのだ。

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